第九十一話 三角地帯
渦が一つ巻き、解けるほどの間をおいて、アカシの前にツクダニが戻ってきた。触手を一本も欠かすことなく、八体満足であるようだ。無事なツクダニの姿を目にしてアカシは安堵し、それから安堵できるこころを持ち得た己に感謝をした。
「お主の判ずるとおり、動き出しておるようだ。戦速ではなかろうが、微速でこちらへ向かっている。数は、二十頭ぶんの触手ほど。後方に、やけに大きいものが一頭、いた」
やはりか。アカシは槍の石突きで地を打った。
「すぐに集落に戻る。詳報に、感謝する」
ツクダニは軽く頷いて、アカシの礼を受けた。ツクダニが触手を一本上げると、やはり音もなく配下のワモン族たちが集まってくる。
一頭が、欠けていた。
「捕まったのか」
泳ぎ出しながら、後方に問う。ワモン族の若長はすぐに追いつき横に並んだ。
「やつらを見たが、いくつかの種族がいるようだな。最も小さなやつらは、厄介だ。なかなかに勘がよい。それ以外のものは、あまり探索には長けておらぬようだが」
そこで言葉が切れた。互いに視線は前に向けている。泳ぎながら、二頭は言葉を交わしていた。
「あれは、恐ろしいものだぞ。マ族の大頭。勝てるのか、あれに」
戦士であれば、見ればわかる。あれはそういうものだ。群れで動くところを見たのであれば、尚更だろう。だが。
「戦わねばならぬ。勝たねばならぬ。それしか、我らが生き残れるうねりも、巡りもない」
暫くの躊躇いの後、言葉を継いだ。
「ツクダニ。お主、マリネと結ぶのであろう」
うむ、と、こちらも躊躇いの混じったふうな肯定が返ってきた。
「好いているのか。マリネのことを」
重ねて問うが、返答はない。もう一度繰り返そうと思ったときだ。
「信じてもらえぬやもしれぬが。はじめてあの雌を目にしたときから、思っていた。俺の壺に迎え入れるのは、あの雌しかおらぬ、と。俺はワモン族だ。ワモン族の雌を好むのが道理であるとは、わかっておる。だが」
ツクダニがアカシの方を向く。
「己ではどうにもならぬものはある。そういうことなのだろう。そして俺は、この機を逃すつもりはない」
その一言で、アカシにはもう充分だった。
「マリネと俺とは壺姉弟なのだ。あいつを守りたいと、俺は思っている」
アカシは語る。ツクダニの目は見ない。見ることはできない。
「守るためには、勝たねばならぬ。やつらを、打ち払わねばならぬ。それしかないのだ」
ツクダニが頷いたのを横目に認めた。これでいいのだ。その言葉は、己に向け、それから腹腔のうちに閉じ込めた。




