第九十話 渦と波
ワモン族の戦士を連れ、北の地をゆく。
後方のツクダニをちらと見やる。交わした言葉は僅かであるが、それでもあれは大した頭である、と思える。話を解する頭があり、それを活かす能力もある。他のワモン族に比べれば、思考もかなり柔軟なようである。
一族を率いるのに相応しい雄だ。そう判ずることができた。
だが、だからこそ。こころの内に渦巻くものもある。
こやつが、マリネと結ぶのか。そういう思いだ。
この件は先ほど、長老から聞かされたばかりだ。それからというもの、アカシのこころの内はずっと渦巻き、波立っている。
それは、己で律せぬ感情の渦であった。
それがどういうものであるのか。アカシはすでに気付いている。だがそれを吐き出すことは、できなかった。
交渉によりマ族とワモン族の婚姻を取り付けたのはカルパッチョだ。そして、その策が正しかったであろうこと、それをせねばワモン族をここまで引き出すことは難しかったであろうことは、アカシもわかっているつもりだ。
だが、それでもだ。そのことを飲み込み、消化することができぬ己がいる。
同時に湧き上がってきたのが、カルパッチョに対する憤りだ。
彼女は己の責務を果たしただけ。そのはずだ。それもやはり、わかっているのだ。だがそれでも。
なぜだ。どうしてだ。お前なら、もっと別のやり方もできたのではないのか。お前はあえて、そのやり方を選んだのではないのか。
そんな思いが、止まってくれないのだ。
マリネ、お前はどうなのだ。それでいいのか。そう、問い質したかった。
だが、今アカシの傍に彼女はいない。いるのはツクダニと、彼の配下の戦士たちだけだ。
「この先に、いるな」
アカシより僅かだが早く、ツクダニが感づいた。そろそろ長き殻どもの領域に入りつつある。
ツクダニが触手の一本を振る。戦士たちは無言で八方に散り、すぐに消えて見えなくなった。
「アカシはここで待て」
ツクダニが言う。アカシは頷いた。己が行っても、隠密に特化したワモン族たちの邪魔にしかならぬことは墨に見えている。
ツクダニがやはり音も砂煙もなく消えた。もしもやつが長き殻どもに捕えられたら。そんなことを一瞬だけこころに浮かべ、身を震わせてすぐに振り払った。




