第八十八話 フナモリ
もうひとつの更なる誤算は、大将であったチャワンムシが討たれたことだ。
マ族が群れとしての一定の強さを持つことは、わかった。だがそれだけであれば、群れと群れ同士の、正面からのぶつかり合いに持ち込めば勝ちは揺るがない。
だが熟練の戦士であるチャワンムシが討たれたというのは、それとはまた別のことだ。
個体として、強いものが群れの中にいる。そう判じざるをえない。何らかの波の重なりで、偶々討たれてしまうようなチャワンムシではない。それほどの強者が敵の中にもいると、そう判ずるべきであった。
チャワンムシを失ったことは、フナモリにとって大きな損失だった。これによってフナモリは、新たに群れを編成し直さねばならなくなった。そのため、余分に一うねりを費やしている。
このことでは、パエリアにも盛大な嫌味を言われた。共食いをさせろという圧力も増している。
だが、共食いはさせられぬ。フナモリには、その大きな理由があった。
パエリアには内緒にしていることだが。フナモリはイセ族の卵が実った一房を、側近であるボタン族の一党に密かに守らせている。これはフナモリが己の全力でもって渓谷の底より守り抜いてきたものであり、今、フナモリが意地汚くも生にしがみついている最大の理由でもあった。
配下であるボタン族は今、フナモリに完全に従っている。それは力だけのことではなく、谷での生活が崩壊してからこれまで、他の種族ほど飢えさせないように、フナモリが差配しているからだ。その一点でもってボタン族たちはフナモリを信頼しているし、成されている限りにおいては、軽々しく裏切ることはない。
だが、食糧が足りなくなり、共食いをはじめさせたならば。疑いなくボタン族は、まず己らが守っている卵の房に顎を向けるだろう。
それだけは何としても、避けねばならぬ。
イセ族がこれから先の環を生き残っていけるかどうかは、あの一房にかかっているのだ。
フナモリは急いで群れを再編した。これ以上のうねりを過ごすことは、イセ族にとっても、長き殻ども全体にとっても致命的になりかねない。
フナモリは少々焦っている。だが、楽しみなことがないでもない。
群略を競い合える。そんな思いを今、フナモリは抱いている。
力のぶつかり合いではない。知恵を持つもの同士の、知恵を巡らせるもの同士の戦いだ。それならば、谷の底で長きにわたり培ってきた己のすべてを、ぶつけることができる。それこそが、フナモリにとっては本当の戦というものだ。
易々と、崩れてくれるなよ。
様々な感情のない交ぜになったふたつの瞳を、フナモリは遠き南の集落へ向けていた。




