第八十四話 シメノ=ゾウスイ
シメノ=ゾウスイに礼を返して、アカシは聞き取りをはじめた。
ゾウスイによると、ズワイ族はここよりももっともっと遠いところに集落を構えているのだという。
「ま、今も残っているかはわからんがのう」
ゾウスイが集落を離れてから、一巡りほどは経つという。殻持つものどもの常として、マ族やケンサキ族ほどには、群れとしての繋がりは強くない。離散しているか、もしくは居を移していてもおかしくはない、ということだった。
ともかくも、ゾウスイは群れから離れ、旅をしていた。
「もう、どこをどう歩いてきたかもわからんがのぉ」
今までに伝え聞いたことのない種族の名を聞き及んでは、そこに向かい、どのような種族であるか己で見て確かめて回っていたのだという。ゾウスイの語る話の中には、マ族やミズ族に似たような種族や、殻持つものどもに似たような種族、そして棘持つものどものような得体の知れぬ種族など、様々な見知らぬ種族が溢れていた。わかってはいたが、この環はまだまだ広い。アカシはそう、改めて気付かされたのだった。
ケンサキ族のシオカラと出会ったのは、脚数ほどのうねり前のことだ。
シオカラがクロトラ族と思しき種族に狙われ、泳ぎ逃げているところに旅のゾウスイは通りかかった。
もちろん関わり合いのないゾウスイであった。が、ケンサキ族は彼にとってはじめて見る種族であり、当然のように興味を惹かれた。クロトラ族との遭遇もはじめてではあったのだが、ゾウスイはこれまでの旅路で、似たような種族をいくつか見ている。また同じ殻持ちであるから、それがどのような生きざまをしているのかは、だいたいに見当がついた。
ゾウスイは、シオカラを助けることにした。それが二頭の出会いである。
「いやはや、この出会いは誠に僥倖であった。いや、むしろこのわしは、このシオカラ殿と出会うために旅を続けていた。そう申しても過言ではなかろう」
そんなことを言いつつ笑いながら、隣に来ていたシオカラの胴をはさみで叩く。シオカラは水中を飛びあがり、二周ほど回遊して勢いを殺してから戻ってきて、ゾウスイを睨んだ。ゾウスイは失敬失敬、と言いつつやはり笑っている。
ゾウスイが三本目の左脚にはさみをやる。そこには珊瑚から削り出したと思われる棒が海藻で括りつけられている。それが何か、アカシはずっと気になっていた。
す、と無駄のない所作で、ゾウスイはそれを引き抜いた。
白珊瑚の棒である。だが、やや片側に反りがつけられている。そうして、外に向けられている側が、どうやら薄く削られているようだと感づいた。
もしやあれは、刃物なのか。
アカシが感づいたことに、ゾウスイも気付いたのだろう。視線を合わせて、笑みを自慢げなものに変えた。
「こいつはな。そこのシオカラ殿が、わしのためにつくってくれたのよ」




