第八十三話 鋏客
マ・リネリスの渓谷の周辺と、そこからマ族の集落があるあたりまでの南岸はすべて、長き殻どもに占拠された、と考えてよい。かろうじてマ族だけが、何とか長き殻どもの猛攻を弾き返したのだ。
ケンサキ族の助けは、受けられぬ。そう思った方がよさそうだった。
シオカラを見やる。となれば、目の前の彼は残されたケンサキ族の数少ない一頭ということになる。
「シオカラ殿。我らは貴殿を受け入れる用意がある。が」
問題はやはり、あの殻持つものだ。
「僕も攻め寄せてきたものどものことは知りたい。お互い知っていることを交換することに否やはありません。ですが、あの御仁はここまで僕を護衛して来てくれた恩のある方です。彼も一緒に逗留させていただきたい」
シオカラに、そこを譲るつもりはないらしい。彼を壺弾きにするというのなら、ここを去り、再び二頭で旅を続けるという。
「あの方からも、話を聞くべきです」
ジェノベーゼが、横から漏斗を挟んだ。何としてでもシオカラを集落に引き留めたい、という体表をしている。
「槍を合わせましたが、何とも言い難い業前をお持ちのようです。それはタラバ族とはまったく違うものでした」
さすがと言うべきか、アカシを説得するためにどこを突くべきかを心得ている。そして、興味をひかれたこともまた、確かだった。
今度は二頭で、己たちの方から近づいた。
「話はついたのかの」
泡混じりの低い声色で、殻持つものが話しかけてきた。強者であることは、すぐに見て取った。はさみや脚の使い方、小さな動作の端々に、歴戦の戦士である身体遣いが見受けられる。これだけの巨体と、堅い甲殻に覆われているにもかかわらず、動作はすべらかで、隙がない。
「シオカラ殿は、貴殿と一緒であれば我らが集落に逗留すると申している。だが、貴殿は殻持つもの。我らは柔らかきものどもだ。貴殿は我らを食いたいと欲するのではないかな」
殻持つものははさみを振った。
「わしは仲間うちでもちょいと変わったやつと言われておってのお。そういうことに、興味はないのよ。ま、腹が減って堪らんときには、そういうこともあるやもしれんがの。ここではせん。約束しよう」
そこまで言ってから、脚を折り、両はさみを地に着けた。
「ズワイ族、鋏客。シメノ=ゾウスイ。ぜひともそなたらと、よしみを通じたい。何とぞ、よろしくお頼み申す」




