第八十二話 挨拶
アカシとジェノベーゼはやや距離を置いて地に降り立った。そのさらに後方にタコワサは降りている。アカシが何も言わずとも、投げ銛の届く絶妙の距離を測っている。タコワサが名手たる所以である。
先触れとしてジェノベーゼが異なる二頭へと近づいていった。そうして二言三言交わしたかと思うと、ケンサキ族だけを連れて戻ってきた。
「ケンサキ族の、シオカラと申します」
「マ族の、アカシという」
互いに正式な礼を交わす。
「かの御仁は恐れられているようですので。まずは僕から、話をさせていただきます」
「ありがたい。よく、物事が見えておられるようだ」
「いえ、当然かと。僕もはじめに出会ったときは、食われるだろうと覚悟しました」
ちらり、と後方に目をやる。
「彼は、己で仕留めた獲物しか食さないそうです。そして、飢えぬ限りは、己が認めた強者にしかはさみを向けないのだ、とも」
かの御仁は狩りというものを楽しみたいのだそうですな、と言って、シオカラは笑った。どうやらあの殻持つものは、相当な変り者であるらしい。
アカシは軽く頷いてから、それはともかく、と話題を切り替えた。
「我らはケンサキ族の集落を捜しておったのだが。貴殿のおられた集落は、今頃どの辺りを巡っておられるのであろうか」
「さて」
と、シオカラは困った表情を見せた。全体的に貧弱な印象がある種族だが、そんな顔をするとさらに弱々しく見える。よく生き残っていられるものだ、というのがアカシの感想だ。
だが、ケンサキ族の本領が身体的な強さでないことは、アカシも知っている。そして身体的には貧弱だからこそ、彼らは決して群れを崩さない。その在り方は、小さな知恵なき魚どもに近い。
つまり、ケンサキ族が一頭で回遊しているなど、有り得ないのだ。
「群れから、逸れられたのだな」
アカシがそう問うと、シオカラは頷いた。やはり、そうだったのだ。
「群れが、それまで見たことがない殻持つものどもに襲われましてね。その際逃げる最中に、群れから逸れました。今となってはもう、群れがどこへと逃げ去ったのか、跡を追うこともままなりません」
ああ、とアカシは嘆きの息を吐いた。そうだ。考えの中に入れておくべきであった。
タラバ族の集落が襲われた。マ族の集落が襲われた。だがもちろん、襲われたのが二つの種族だけのわけはない。
ケンサキ族もおそらく。マ族と同じものどもに、襲われたのだ。




