第七十八話 痺れ
ともかくも、確かめてみなければならぬ。
ジェノベーゼは、殻持つものどもの争いが終わるのを待った。
二頭は暫く相争っていたようであったが、鮮やかな殻を持つ方の一頭が、もう一頭を仕留めたようであった。
岩に体表の色を合わせつつ、ジェノベーゼは近づいていく。互いの距離は縮まり、マ族の戦士であればすでにひと泳ぎで絡みつける距離まで迫っている。そしてこの距離になれば、ジェノベーゼのまなこにも相手の動向がよくわかる。
勝った方の一頭が、獲物を引きずりつつ、ケンサキ族と思しき一頭の方へ歩んでいくのがわかった。
それは巨体で、長き殻どもよりはタラバ族に似ているように思えた。対するケンサキ族と思しき一頭は、マ族とほぼ同じ程度の大きさである。殻持ちがさらに柔らかきものを獲物にしようとしている。そう思えた。
助けるべきか。まずはそれを考えた。ケンサキ族の動向を知るためには、あのものを助け、話を聞いてみるべきだ。それはまたとない機会だろう。
だが同時に、たった一頭で強大なタラバ族を相手にすることは、危険である。ジェノベーゼの敬愛する種族の英雄、アカシ大頭であればそれも可能やもしれぬが、一介の戦士の域を出ぬ己の力では、相応の巡りの幸がなくては勝つことは難しい。
しかし、だ。あの柔らかきものが協力してくれるなら、可能かもしれぬ。
どのようなものか。改めてジェノベーゼはそれを観察してみることにした。
身体中を墨を駆け巡った。そのような気がした。
白くほっそりした体躯。その柔らかき肌はすべらかで、マ族のものとも、ミズ族のものともまったく違う。触手も鍛え上げられたマ族の太いそれとは違い、何とも繊細で、しなやかに動いている。
その外見からは、戦う力を持っているとは到底思えない。むしろ、この荒波渦巻く環を生きていたとは思えない、そんな生き物だった。
なのに、この私の背を、腹腔を痺れさせる感触はいったい何なのか。
以前にも一度、この感覚を得たことがある。それは大頭であるアカシの狩りを見たときだ。それはとてつもなく甘美な感覚で、いつまでもアカシのその姿を見ていたい。そんな気分に陥っていたのだ。
彼の持つ三の触手を私の胎内に巡らせて欲しい。そう、思っていたのだ。
今ジェノベーゼの肉体を駆け巡っているのは、そのときと同様の感覚だ。だが、そこにいる柔らかきものの触手は、アカシの持つ逞しくて太いそれとはまったく違う。なのにいったい、どうしたことだ。
私が彼を守ってあげなくちゃいけない。ジェノベーゼの中で確かな形を持ったのは。そんな、自分でも理解の及ばぬ気持ちであった。




