第七十七話 変事
もう一つの騒ぎは、もっと深刻なものだった。
肉を配り終え、訓練を終えて、一息ついていたときのことだ。
南門を守っている雌戦士の一頭が、報せを持ってやってきた。
「使者の一頭が、戻っております」
早い、と思った。長老の知識が正しければ、最も近いワモン族の集落でも、往復でもう一うねりほどはかかるはずだ。何か尋常でないことが起こったとしか、考えられなかった。
タコワサを連れ、急いで南門へと向かった。
壺の並ぶ中央通りを抜けた先で、戦士たちが集まっている。その中に、いるはずのない姿があった。
アカシを認めて戦士たちが道を開ける。門の前に、一頭の雌戦士だけが残った。
「何があった」
静かに問う。雌戦士は、何とも言い難い、複雑な表情を見せている。どう切り出せばいいのか。迷っているように感じられた。
ジェノベーゼという名のその戦士は、ケンサキ族の集落へと向かったはずだ。その場所はワモン族の集落や棘持つものどもの集落よりも遠い。また、ケンサキ族は一定の地を移住して暮らすことから、発見することも困難であると考えられていた。
そこへ向かったはずのこの雌が、どうして戻ってきているのか。
「実は」
と切り出して、ようやく話し出した。
一うねりほど、ケンサキ族がいると思われる南西の方角へ、ジェノベーゼは泳ぎ進んだ。そこまでの旅路には何の変りもなく、何度か大型の魚や知恵持つ種族の影を見ることはあったが、比較的平穏に進むことができた。
変事に遭遇したのは、泳ぎ疲れて休みを取っていた時のことだ。
近くで争いの波を感じた。岩陰に隠れながら泳ぎ近づいてみると、二つの種族が争っている。
種族は違うが、両者とも、殻持つものどもだ。
巻き込まれてはかなわぬと思い、すぐにその場を離れようとした。だがその視界に、見過ごせぬものをジェノベーゼは見たのだ。
争い合う二頭の後方に、一頭の柔らかきものがいる。その体表は白く、マ族やミズ族に比べてほっそりしている。
そして、その柔らかきものが持っている触手は、ジェノベーゼのそれより多いように思える。
もしかしてあれがケンサキ族ではないのか。すぐにそう思い当った。
だが、ケンサキ族は大抵群れを成しているとジェノベーゼは聞いている。それがなぜこんなところに一頭でいるのか。




