第七十六話 現実
「長き殻どもが来て、お前たちもそうではなくなった。そういうことはもう、できぬのだ」
届いているのかどうか。アカシにはわからない。だがそれでも、教え諭すように言葉を続ける。
あらゆることに変わるべきことというのは来る。マ族にとっては今がそうだが、タラバ族にとってもそれは同様だとアカシは判じている。
それは必要なことであるし、多くのものは、それが必要であることは何らかのかたちで知り、感じているはずだ。
だが、だからといって、その転換のときにぶち当たったものたちが皆、すぐさまに納得できるわけではない。わかっていることとそれとは、まったく別のものだ。
カルパッチョという異物が身近にいたおかげで、アカシ自身は、他のマ族に比べれば多少、環の広さというものを見知ってはいる。だがそれでもやはり、考えることの根本はマ族のものからはみ出すものではない。
そこから泳ぎ出してゆくのは別のものどもだろう。そう思っていた。
例えば、先のうねりに小頭となったタツタアゲ。彼はアカシなどよりもずっと異物だ。
タツタアゲは、先のマ族とミズ族の婚姻によって産まれた卵らの、次の世代のうちの一頭である。彼の肉体には、マ族の墨とミズ族の墨が混ざり合って蓄えられている。
容易い生ではなかったはずだ。表向きには彼ら混じりものは、そうでないものと分け隔てなく扱われてはいる。だが、岩に陰が差す場所においては、彼らを露骨に排斥するものもいる。そういったあからさまにならぬ悪意を受けつつ、ここまで生き抜き、ついには小頭まで至ったのだ。
個の武技においては、タツタアゲはアカシやタコワサに到底敵うものではなく、小頭たちの中でも最下位に等しい。だが、数頭の戦士を率いての狩りでは、目を見張るものがあった。そして今、長き殻どもとの戦で必要とされるのは、そういう力である。
おそらくあやつは、狩りの中に他の小頭たちとは別のものを見ている。アカシはそう判じていた。
閉じられた環の外に泳ぎ出でていくのは。おそらく、こういうものたちなのだ。
「俺にはわかるべくもないが」
そう前置いた上で、語る。
「働きのないもの、働きの少ないものでも生き、営むことができる。そのような環はきっと、得難いものではあるのだろうな。それぞれの命が容易くは脅かされない。それは、何と心安らぐことであろうな。だが、それを成すことは。とてもとても、難しいことであろうな」
そして。
「一度それらが成ったとして。それを守ってゆくことは。もっともっと、難しいことなのであろうな」
カニカマは肉塊を見つめ続けている。それ以上の言葉を、アカシは持っていなかった。




