第七十五話 理想
タコワサと小頭たちの采配でタラバたちの肉が族民たちに分け与えられる。族民たちは環と戦士たちに感謝を捧げた後、それぞれに肉を食した。
アカシたち戦士にも肉が配られる。アカシと小頭たちは輪をつくっていつものようにまとまっている。
その中に、カニカマの姿もあった。また暴れ出さないよう、ウスヅクリの傍に置いているのだ。
カニカマの前にも肉は配られている。だが、カニカマはそれにはさみをつけようとしない。
食い終わった戦士たちが泳ぎ去り、アカシとウスヅクリだけが残ったところで、言った。
「食え」
カニカマは反応を見せず、ただ置かれた肉塊を凝視している。
ちらりとウスヅクリを見やる。ウスヅクリは胴を振り、己は口出ししないと示してみせた。
泡を少し吐いてから、もう一度言った。
「お前にも次の戦では働いてもらわねばならん。だから、食え」
カニカマはやはり反応しない。その背を珊瑚槍で殴った。
「何をする!」
ようやく感情を見せたカニカマに触手を巻きつけ、無理やり肉に近づけさせる。
「食え」
三度言った。だがカニカマは、頑なに口をつけようとはしない。
マ族にとって、同胞の肉を喰らうことは、その者の力の一部を己の中に取り込むことだ。それは尊いことであり、そうすることで、次の狩りや戦を、彼らとともに闘うことができる。そう考えている。
だが、タラバ族に同様の教えが伝わっているかはわからぬ。彼らにとっては、同胞の肉を食することは禁忌であるのやもしれなかった。
そういうものの考えを変えさせるには、どうすればよいのか。アカシには思いつかない。
巻きつけていた触手を解く。カニカマはひとまず落ち着いている。
ウスヅクリも黙ってアカシとカニカマを見ている。
少し考えてから、口を開いた。
「何の働きもせぬものを生かしておき、食わせておける。確かにタラバ族なら、そういうこともできたのだろう。だが、ここはマ族の集落で、俺たちはマ族だ。そういうことはできん。その余裕もない。今集落がどのような状況か、お前とてわからぬわけではあるまい。タラバ族がそういうことができていたならそれは、お前たちが強者であったからだ。それだけの余裕があったからだ。それだけだ」
だが今や、タラバ族とて強者ではない。カニカマが今ここにいることこそが、その証左であった。




