第七十一話 震え
二頭は姿勢を改め、棘持つものどもに向き直ると、深々と一礼をした。
やり遂げた。そういう思いが、オドリグイの中に生まれていた。
水が震えるのを感じて胴を上げる。広場に並んでいる、すべての棘持つものたちが、棘を揺らし、小刻みに左右に転がっていた。
一定の距離を保ちながら、半円をつくり、そうしてオドリグイたち二頭を囲むようにして、振動を続けている。その反応は果たして、喜んでいるのか、それとも怒っているのか。
うん。わからん。
オドリグイはあっさりと先の考えを翻した。どれほど触手を尽くしても、わかりあえない相手というのは、いるのだ。
ナムルは槍を強く握りしめている。柔らかきものどもに比べれば動きの遅い相手とはいえ、これだけの数に攻撃されれば、無事では済まないかもしれない。ナムルが警戒するのは当然のことだった。
だが、何となくだが。敵意は感じられない。そのように、オドリグイは判じている。
もう一度、深々と胴を下げた。
振動が収まってゆく。しずしずと棘持つものどもが動き、もとの整列状態に戻ってゆく。隣のナムルの身体から、緊張が解けてゆくのがわかった。
ああ。あれはやっぱり、触手を打ち合わせてたんか。
その舞を素晴らしいと思ったとき、マ族やミズ族は触手同士を打ち合わせて、舞い手に波紋を送る。それと同様のものを、棘持つものどもの行動に感じたのだ。
そしてその勘は、どうやら正しかったようであった。
通じたんか。そうなんか。
つくられた波紋がオドリグイの体表に届き、沁み込んでゆく。それらは、オドリグイの中にある別のものをも震わせたように思われた。
胴を上げたかったが、上げられなかった。今の顔を、体表を、ナムルに見られたくない。そう思っていた。
あたしはオドリグイや。最上の舞い手、オドリグイや。これくらいは当然。そんな顔を見せるんや。
胴を上げた。
雄が寄ってこなくてもいい。いや、やっぱりそいつは困るけど、それでもこの場では、うちを尊敬してるこの娘の前では、堂々とした姿を見せるんや。
使者の顔を取り戻したオドリグイが、目の高さで触手を合わせた。
「これが我らの集落で起こったことの顛末です。ものどもは、もしかしたらこの場所までも攻めてくるやもしれませぬ。避難を。そして、でき得るならば、我らと協力を」




