第六十九話 舞姫
言葉はやはり通じない。ならばどうするか。
オドリグイは視線で、ナムルに合図を送った。
組んでいた触手を鋭く伸ばす。次いで、たん、だん、たんと拍子を刻んで触脚を踏み出した。
触手を伸ばし、重みを遣って回る。中水で幻の槍を三本の触手で掴み、新たなるマ族の勇士、アカシに擬態した。
ア、カ、シを意味する動きを取り込みつつ、槍を回し、突き込みながら円舞する。
それは舞だった。
言葉が通じない。ならば、オドリグイにできることは一つだ。
言葉がだめならば、舞で伝える。
舞により、そこにあった出来事を伝え、広める。それこそはまさに、舞い手の役割だ。相手が棘持つものだろうが、それは変わらない。
槍を振るい、動作の一つ一つで、アカシという勇士の強さを語る。二の触手、三の触脚。定められたいくつもの約束ごとを複雑に組み合わせ、新たな舞い伝えを語ってゆく。
墨などではない。この舞こそが、うちら柔らかきものどもの、原初の言語や。舞を習い、修練するうちに、オドリグイのうちには、そのような思いが募っていた。動きの一つ一つが、意志を伝える。思いを伝える。これこそが本来の。そもそもの、言葉なのだ。
正しいのかどうかは、わからない。確かめるすべもない。だが、誰もが認めなくても。オドリグイはただ一頭、そう判じていた。
だからこそ、舞ならば伝わる。そう、信じてもいた。
オドリグイの名を冠するものには、他の舞い手にはないひとつの使命がある。それは、己の代で新たな舞をつくり上げることだ。今までになかった新たな舞を成し、それを後のうねりに、巡りに、舞い伝える。それが、オドリグイの名と共に与えられた使命だった。
そしてオドリグイがつくり上げたのが。先に起こった、アカシと殻持つものどもとの戦いの一幕であった。
舞うことで伝える。それしか、己にできることはない。またそれがため、この南方に自分が派遣されたに相違ないのだ。
棘持つものどもは変わることなく整列している。だが中には、棘を細かく震わせているものもある。
あくまで体表でしかわからない。だが、口上を述べていた時よりは、吸盤に訴えるものがあるように思えた。
腹腔に、痺れが走っていた。これまで、マ族と、ミズ族と。それ以外では集落のうちにいるイワツノ族らの前でしか、オドリグイは舞ったことがない。最高の舞い手と認められ、オドリグイの名を与えられて、それ以後も研鑽を積んではきた。だが、それは何と狭い環であったのか。
うちの生きざま、観とけや。触手の先に力を入れ直した。




