第六十八話 言語
近くまで寄ってみて、驚いた。思っていたよりも、大きい。一頭一頭にかなりばらつきはあるが、小さなものはオドリグイと同じかそれより少しばかり小さい程度、大きいものは平均的なミズ族の倍ほどもある。もしも戦いとなれば、この巨体だけでもなかなかの脅威だろう、と思った。
こちらの二頭を認めたのか、棘をわさわさと動かしつつ、棘持つものどもが寄って来る。オドリグイはまたも驚いた。形からは想像できぬくらい、機敏に砂浜を這って来るのだ。しかも彼らは列を成している。それはミズ族から見ても統率のとれたもので、彼らが知性あるものどもであることを、オドリグイに認めさせた。
そうしているうちに、棘持つものどもはオドリグイとナムルの前に、整列を終えた。
僅かに緊張を覚えつつも、オドリグイはナムルと共に姿勢を正す。
六本を触脚として立ち、右の触手、左の触手の先を目の高さで合わせる。三本の触脚を踏み出しながら胴を下げ、一礼を示した。二頭の動きには、吸盤一つの狂いもない。
「棲まいし地を泡立たせたこと、お許しください。ミズ族のオドリグイと、マ族のナムル。集落よりの使者として、参りました」
口上を告げ、胴を上げる。列の中から一頭、オドリグイが特に大きいと思った個体が進み出てくるのがわかった。おそらくそれが、族長や長老に類する一頭なのだろう。
進み出てきた棘持つものは二頭の前で止まると、左右に小さく転がる。何かを言っているのだ、というような気はする。気はするが、もちろんオドリグイにもナムルにも、その中身はわからない。彼らの棘殻の内側には黄色がかった身が詰まっていて、それが大変美味であるらしいと伝え聞いてはいるが、この場合はそういうことでもなかった。
ともかくも、いきなり攻撃されるという状況だけは避けられたように思えた。
触手をあわせ、再び口上を告げる。マ族の集落が長き殻どもという種族に襲われつつあること、それらの脚がこの南の地全土に伸びて来るやもしれないことをひととおり語った。
だが眼前の棘持つものどもは、微動だにしていない。通じていない、という感触が、オドリグイには伝わってきていた。
やはり、疎通は難しいか。
棘持つものどもに言葉は通じない、というのが、柔らかきものどもの中での定説であった。マ族やミズ族がどのような巡りを経て言語というものを獲得したのか。それは詳しくは伝えられていない。墨で方角や獲物を示し始めたのが言葉のはじまりだ、という舞い伝えもあり、多くのものが信じているようだが、オドリグイはそれを少々疑わしく思っている。だがはじまりはともかく、それらは長らく使われ、またそれらが使われることで、種族は水中を泳ぐ魚や地を這いまわる貝どもとは違う在りようを獲得したのだ、と。それは疑いない歴史だった。
マ族やミズ族だけではない。イワツノ族や、柔らかきものどもと敵対するタラバ族もまた、そうだった。
だがこの殻持つものどもは、それらの種族とはまた違った巡りを経て来たようであった。




