第六十七話 森食い
砂の浜は続いていたが、少しばかり変化が二頭の前に現れていた。
「あれとちゃうかな」
オドリグイが触手の一本で先を指し示す。砂上に黒っぽい何かが、いくつも転がっている。
泳ぐ速度を落とし、ナムルを前にして浜に降り立った。
触脚を使い、歩いてその黒の群れに近づく。近づくにつれ、それらが、どれも黒い、多くの棘を持つ球体であることが判りはじめた。
あれが噂に聞く棘持つものどもか。オドリグイはそう、判じた。
よくよく見ると、棘持つ球体たちが群れをなしている場所は砂地が途切れ、ところどころに岩が露出している。その岩々に張り付くようにして、彼らは棲んでいるのだった。
「これが棘持つものどもなのでしょうか」
「おそらくな。長老様から聞いたのと、見た目はおうてる。ほぼ疑いないやろ」
このような奇妙な生き物がそうそういるとも、オドリグイには思えなかった。
そもそも生き物なのでしょうか、とナムルが呟いたのが聞こえた。確かに一見、知性を持った生き物であるとは思えない。だが長老が言うには、彼らはこの環において重要な種族なのだ、ということだった。
彼らは狩りをしない。その代わりに、他の族民どもが食べたあとの、その残り屑や何やらが混じった砂を食するのだという。
それだけではない。
「やつらは、森を食うのよ」
放っておけばどこまでも広がる海藻を食い、その侵食を押し留める。それが、彼らの使命であり生き方なのである、と長老は語った。
森は必要なものだ。森の中には様々な魚や生き物が棲みつき、恵みを与えてくれる。マ族やミズ族が生きていくためにも、決しておろそかにはできないものだ。
だが、森が増えるということは、砂地や岩場が減っていくということでもある。これらもまた、柔らかきものどもにとっては必要なものである。
その昔の巡りには、今の集落の近くにも、棘持つものどもに似たような種族が生息していたこともあったらしい。だがそれらはいつにか目にすることが少なくなり、気付けばどこかへと姿を消していたのだという。
今、北の渓谷へ続く土地が広く海藻に覆われているのも、そのことと無関係ではあるまい。それが、長老の考えだった。
集落へ棘持つものどもを連れて来い、とは言われていない。そもそも交渉というものが成り立つのかどうかも怪しい。だが何も知らぬまま滅びてもらっては困る、というのが長老の考えなのだろう。なるほど、この南に広がる砂地は、彼らがかたちづくったものかもしれないのだ。




