第六十六話 オドリグイ
隣のナムルをちらと見る。
ナムルはマ族の戦士だ。が、彼女はこのところ、狩りよりも舞に傾倒している。狩りと舞はもともとつながりの深いものだが、ナムルの場合は特に、舞の中にこそ戦いの極意が隠されているのではないか、と考えたそうなのだ。
「考えたのではない。感じたのです」
とは彼女の言だが、ともかくも、それからというもの彼女は狩りよりも舞の業前を上げることに執心し、あろうことかオドリグイを慕って弟子入りを志願してきたのだ。
オドリグイはもちろん断ったのだが、彼女はあきらめず、暇さえあればオドリグイの傍に侍って、舞の極意を盗み取ろうとしているのだった。その熱心さは好感の持てるものであるし、盗めるものなら盗んでみいや、という思いもあって、その行動自体は放置している。
だが、お姉さま呼ばわりはどうにかならんやろうか、と内心思っていた。
もともと巡りが下の雌たちには慕われていたオドリグイであった。だがそれは、オドリグイの名を継いでから、一層強くなったというか、オドリグイ自身の思いをはっきり言わせていただくなら、ひどくなった、と考えていた。
彼女たちの反応は、ただ単純に慕ってくるだけでなく。その視線に憧憬や崇拝、そしてときには恋情めいたものが多分に混じっているように感じられるのだ。熱烈すぎる感情を向けられて、ときに狼狽することもある。それくらいのひどさなのだ。
そしてもう一つ、何より腹立たしいことに。そうしてオドリグイに寄って来るのは、どれもこれも雌ばかりなのだ。
どれもこれも全部、この名が悪いんや。比較的世話好きな己の言動などは一切顧みることなく、オドリグイはそう思い込んでいる。うちがもっとちゃんとした雌らしい名をしてたら、きっとぎょうさんの雄が寄って来るはず。そう思っている。
同じく雄の名を継いだゴマミソアエがすでに一度産卵していることは、あえて無視した。
ともかくも。この南方行はオドリグイの印象を変えるいい機会になるはずなのだ。そのはずなのだ。
そしてその触手はじめが、同行するナムルである。最初に護衛としてナムルが選ばれたと聞いたときは、何の嫌がらせやねん、と思ったものだったが、逆に考えることにした。まずはこの墨でまなこの曇った雌と、普通の雌と雌同士の友誼をむすぶのだ。
「そろそろ行こか」
「はい、お姉さま」
「何度も言うようやけど。そのお姉さまっての。何とかならんか」
「お姉さまは、お姉さまですから」
がんばろう。改めて、そう己に言い聞かせた。




