第六十五話 南方行
カルパッチョの一行がワモン族と邂逅を果たしていた頃。
ワモン族の領域よりさらに南。獲物がほとんど住まぬ、海藻の森すらない一面の砂地を、やはり二頭の柔らかきものが泳いでいた。
速度はさほど速いものではない。周囲に目を配りながら、僅かでも魚や貝の姿を目にすれば、即座に狩りに移り、仕留める。そんなことを繰り返しながら、二頭は広大な砂地を進んでいた。片方は槍を触手に握っており、そしてもう片方はタラバのはさみから削り出した刃物を六本、海藻で胴に括りつけている。
一頭はマ族の戦士で、名をナムル。もう一頭はミズ族一の舞い上手、名をオドリグイという。
集落より、南に住む棘持つものどもへの使者として派遣された二頭だった。
「お姉さま」
先導するナムルがオドリグイに声をかけた。伸ばす触手の先を見ると、砂の上を貝が這っているのが見える。あれを捕える、ということだろう。
二頭そろって、砂の上すれすれまで下降する。ナムルはすでに、触手をぴっちりととじ合わせ、肉体のすべてを一本の槍と化している。速度を増したナムルは、瞬く間に貝に近づくと、閉じていた触手を広げ、その内側に貝を呑みこんだ。
「いつもながら、見事やなあ」
浜に降り立ちつつ、ナムルを労う。
「まだまだ無駄の多い動きで、お恥ずかしい限りです」
そんな謙遜をしつつ、すでに殻を切り離した獲物を差し出してきた。
言葉を交わすまでもなく、この場で食事にすることを了解する。
オドリグイは胴から刃物を一本引き出すと、その刃を貝に入れる。その動きは流れるようで、触手が止まったと思った時には、両断された貝の身が砂の上にあった。
「お姉さまこそ、お見事です」
「こいつだけが、うちの取り餌やからなあ」
片方を渡し、触手のうちにある口腔を開いてお互いにかぶりつく。その所作さえも、この二頭のものにはほとんど無駄というものが感じられない。
オドリグイはミズ族一番の舞の名手といわれている。マ族よりも舞に長じるとされているミズ族であるから、それはつまり、集落で一番の名手ということだ。
それは、オドリグイがオドリグイの名を与えられていることからもわかる。なぜならこの名は、ミズ族一の舞の名手といわれるものに、代々受け継がれてきた名であるからだ。
触手を操ることに長けるミズ族には、このような倣いが数多く残っている。例えば匠頭のゴマミソアエの名がそうだ。これもまた、集落で一番の匠頭に与えられる名だからだ。
この名を与えられたことは、オドリグイにとっての誇りだ。だが、不満なこともちょっとある。
なぜならオドリグイというのは、本来雄の族民に与えられる名付けであるからだ。




