第六十四話 締結
「決定は私が下す。控えておれ、ツクダニ」
語気荒く族長が告げるが、若長は怯まない。その瞳に怒りはない。冷静な眼差しであるように、カルパッチョには見えた。
「おやじどの」
諭すような口調で、ツクダニが告げる。
「おやじどのはもう、年老いて弱っている。己の触手を己で見てみろ。体表の色を見てみろ。いつくたばってもおかしくはないではないか」
むう、と族長が唸るが、ツクダニは無視して続けた。
「おやじどのは近く死ぬ。それが次のうねりか、次の次のうねりか、それは俺にはわからん。だが、次の巡りは、疑いなく越えられんだろう」
族長はむう、むうとだけ唸っている。アヒージョは体表を赤白させている。そしてカルパッチョは、いいぞもっとやれと思っていた。
「この先族民と生きていくのは、俺なのだ。だから、俺が決める」
ここぞとばかりに、カルパッチョも割り込んだ。
「若長殿のおっしゃるとおり。確かにあたしが話しているのは、今の話です。だけど、今だけの話じゃない。その今を、次のうねりに、巡りに、どう繋げるかという、そういう話なんです。そして、それを決めるのは」
「その責を負うことができる者だけだ。だから、おやじどの。これは、俺が決めるのだ」
二頭のワモン族が睨みあう。族長は身体を細かく震わせていたが、ついにがくりと胴を落とし、うなだれた。
「よいな」
そう問いかける若長の言葉に、僅かに胴が上下する。
それを了解と取ったのか。若長がアヒージョとカルパッチョの方へと向き直った。
「マ族の使者殿よ。マ族とワモン族の婚姻の儀、次期族長であるこのツクダニが承った。同盟の儀、ぜひとも、お願いしたい」
カルパッチョが姿勢を正す。アヒージョもしぶしぶそれに倣う。そうしてお互いに胴を下げ、差し出した触手の吸盤同士を合わせた。
族長が忌々しげにこちらを見ている気がしたが、気付かないふりをした。アヒージョも明らかに何事かを問い質したそうな視線を向けていたが、無視した。そんな視線を一身に集めるカルパッチョはといえば。全精力を使い果たして、もう、相手をしている余裕なんてなかったのだ。
何でもいいからちょっと、休ませてよ。そんなことを思っていた。口には出さなかったが。
ともかくも。こうして、両族の同盟は成ったのだった。




