第六十三話 ツクダニ
「婚姻、か……。だが……」
族長は唸り、考えている。それがどういうものかはわかっていても、浸透しているわけではない。その繋がりがどれほどの信頼に値するのか、測りかねている部分もあるのだろう。
だが、カルパッチョには勝算があった。
「受けよう」
低いながらも族長よりは若々しい声が、それを発した。隣に侍っていた、若長だ。
言葉と共に進み出てくる若長に、驚きを見せたのは族長とアヒージョだ。特に族長にとって、それが岩陰から襲われたに等しかったことは、その体表からも明らかだった。
「何を言い出すのだ、ツクダニ」
「その申し出、受けよう。そう申しているのです」
ツクダニというのは若長の名だ。そういえばそんな名前だった、とカルパッチョも思い出した。若長のツクダニは揺らぐことなく、立っている。
それはカルッパッチョの目論みに含まれていたことだ。
名前は覚えてはいなかったが、彼なら賛成の方へこころを動かしてくれるだろう。そう判じていた。
まだ柔らかきものどもの間に交流が頻繁にあった頃のことだ。マ族やミズ族のものがワモン族の集落を訪れることがあった。
そのときカルパッチョはまだワモン族の集落にいて、種族間のやり取りの中には、ワモン族が預かっているメン族の処遇についての交渉も含まれていたのだった。
マ族側の代表として当時、集落をよく訪れていたうちの一頭がマリネだ。その頃から彼女はすでに槍持ちの戦士であり、雌の戦士たちのまとめ役であった。そして応対に出ていたのが、やはり若いワモン族戦士たちのまとめ役であったツクダニであった。
何をやっても上手くはできないカルパッチョではあるが、他者のこころの機微には鋭い。そのときの態度から、その若いワモン族が、マリネに対して特別な気持ちを抱きはじめていることに気付いた。
うねりが過ぎ、巡りが流れ。若者たちは成長した。片方は未だ一介の戦士だが、舞の名手としてそれなりの地位を築きつつある。そしてもう片方は、若長になっている。
このうねりでもまだ、その思いを抱き続けているかどうか。それはわからないことだった。だが触手四本分くらいの見込みはあるのではないか、と考えていたのだ。雄というのはそういうものだ。
果たして、ツクダニの反応は、カルパッチョの見込みどおりだった。またひとつ、彼女は勝ったのだ。
族長が伸び上がる。その体表は、赤く染まりはじめている。
ワモン族同士が、カルパッチョとアヒージョの眼前で睨みあっていた。




