第六十一話 伸ばす意志
カルパッチョは次の触手を切り離すことにした。
「では、互いの間に信頼が結べれば、吸盤を合わせることはやぶさかではない。そういうことだと考えて、いいでしょうか」
カルパッチョの改めての確認に、族長は戸惑いの体表を見せた。カルパッチョが何を切り出すつもりなのか。それがおそらく、まったく見えていないのだ。
しばらく躊躇っていたが、胴を縦に振る。
「結べれば、の話だ。だがこのうねりで、我らがそれを得ることは難しかろうよ」
「そうでしょうね」
カルパッチョは認めた。そもそも相手のことを知ろうとも思わない相手に、信頼など結べるわけがないのだ。
ワモン族の外への意志というのはすべて、警戒の気持ちより発している。彼らが知ろうと思うのは、その場所が、種族が、危険かそうでないか。危険であればどのようにすれば対処できるか。それだけだ。
新しいもの。新しい場所。新しい種族。新しいものの見え方。考え方。そういうものに触手を伸ばそうという意志が、完全に欠落している。
長き殻どもが襲い来たらずとも。このままであればワモン族は遠からず滅びるだろう。カルパッチョはそう、判じている。
なぜなら、メン族の多くもまた、そうだったからだ。生きるための力を、培ってこなかった。そんな先祖たちがいて、このうねりの、メン族の結果がある。カルパッチョはそう考えている。
ワモン族の言葉を借りるならば。カルパッチョもまた、ワモン族が生き残ろうが滅びようが、どうでもいいのだ。だが今は、マ族にとって、彼らの力が必要だった。そしてカルパッチョには、マ族の集落という居場所が必要だった。
それを守るためなら、何だってやってやろう。たとえ、恨みを向けられることがあろうとも。
「ですので、あたしからひとつ、提案をさせていただきたいと思います」
今一度姿勢を正す。場にあるすべての視線が、カルパッチョに集まっている。自分の周囲をたゆたっている水が、やけに重く感じられた。
ちらり、と横のアヒージョを見る。不安そうな体表でこちらを見返していた。だが、口は開かない。己では無理だと判じ、すでにすべてを委ね、カルパッチョに任せているふうだ。
邪魔だけはしないでよ。腹腔のうちに、そんな文句を飲み込んだ。
意を決し、その一言を発する。
「互いの信頼を結ぶために。そしてその信頼を、目に見えるものにするために。そこにおられる、ワモン族の若長殿。彼と、こちらのマ族の、雌の戦士、マリネ。この両者の婚姻を、あたしは提案させていただきます」
水の流れが、止まったような気がした。




