第五十六話 旅路
柔らかきものどもと長き殻どもがぶつかり合っている頃。
東の丘陵を泳ぐ二つの影があった。
ひとつは、丸く膨らんだ身体に八本の長い触手を持っている。そのうちの三本で、珊瑚から削り出した槍を握っている。
その後ろにふらふらとついて泳ぐ影は、半分くらいの大きさだ。やはり丸く膨らんだ胴と八本の触手を持っているが、それらの触手はどれも短い。
メン族の、カルパッチョだった。
前を行くのはマ族の雌の戦士だ。アヒージョ、と彼女は名乗った。メン族はマ族ほど泳ぎが得意ではないらしく、先へと進むアヒージョの背中に、何とかくらいついているといった様相だ。アヒージョの側にもカルパッチョに対する気遣いはほとんど見られず、時折離れ過ぎていないか確認する以外は、特に速度を弱めたりする素振りを見せない。そういう態度を取られることには慣れっこのカルパッチョは、表に出しては文句の一つも言わず、ただただ追い縋っている。罵倒は腹腔のうちに溜め込むだけだ。
アカシにまとわりついているカルパッチョへの、雌たちの水当たりは特に強い。あたしに不満をぶつけるくらいなら、あんたらもあたしみたいにまとわりつけばいいじゃない、と彼女からすれば思うのだが、そういう問題でもないようなのだった。悪い意味合いで、カルパッチョは目立つのだ。
しかしながらも、こうして見捨てることなくついてきてくれるというのは、ありがたい。
ここまで泳いでくる途中、一度、イワツノ族と思しきものに襲われかけた。だがアヒージョは槍を振るうと、難なくそれを撃退し、見事に仕留めてみせた。戦士としての腕と使命感だけは、疑いないのだ。
彼女がいなければ。すでにあそこで、カルパッチョの旅は終わっていただろう。
けどあのイワツノ族はあんまり美味しくなかったな、などと考えつつ、短い触手を駆使してアヒージョの後を追う。急がなければならないことは、疑いないのだ。
丘陵を越えると、柔らかきものどもが好みそうな岩場に出た。
「待って」
カルパッチョもさすがに声をかける。アヒージョが触手を止めると、岩場に降りて振り返った。
「何だ」
「そろそろ彼らの領域だと思う。あまり早く泳いでいたら、敵だと警戒される」
アヒージョは暫く考えていたようだが、頷きを返し、離れずついて来い、と告げて歩き出した。カルパッチョも、それに続いた。
「そういうことには、詳しいのだな」
歩きつつ、初めてアヒージョの方から話しかけてくる。
「まあね。旅ばかり、してきたから」
「そうか」
会話はそれで途切れた。ワモン族の集落は、もうすぐだ。




