第五十二話 放棄
「やつらは獲物をすべて引き上げていった。これは大きな痛手でした。だが裏を返せば。やつらもまた、食糧が足りていないということでもあります」
タコワサが理路整然と話しはじめた。
「タラバ族を狩り尽くしただけでは留まらず、この南まで侵攻を続けてきたことでも、それはわかります。何より、私はあの軍勢を見て、確信しました。やつらは我々マ族を食い尽すまで、進撃を止めることはないだろう、と」
それはアカシが抱いた思いと、まったく同じだった。タラバ族とはさみを並べるであろうあの巨体。その巨体で集められた軍勢が、マ族と同じか、もしくはそれ以上の数、いたのだ。単純に考えて、この地で集められる獲物で、あの群れが維持できるとは思えない。
そしてその後方にはおそらく、戦士ではない長き殻どもがまだ数多くいるのだろう。
つまりあの群れはすでに、その存在自体が破綻しているのだ。となれば、先の巡りはひとつしかない。すべてが喰らい尽され、最後には長き殻どもも滅び去る。そんな環だけが残されるであろうことは、疑いなかった。
その巡りを回避するためには。何としてでも、マ族がここで、やつらを打ち払わねばならない。
敵の数を減らす。それが重要なことだと、アカシは思い当った。
それがマ族にとってどれほど困難なことか、もちろん承知している。ただ守り勝つことでさえ、やっとなのだ。だが食うものが足りるようになるまで、やつらは侵攻を止めはしないだろう。そしてマ族は実質的に、北の狩り場を失うことになる。それは、マ族にとって勝利では決してないのだ。
タラバ族は確かに恐ろしい敵であった。だが彼らとは、確かにこの地で共存していたのだ、と、アカシは気付かされた。環というものの奥深さに、触手の一本でかすかに触れた。そんな心持ちが、していた。
アカシは目を閉じた。決断を、せねばならない。それが大頭としての己の役目だ。
「軍勢を弾き返し、何度撤退させようとも、意味はない。長き殻どもの数を減らさねば、我らの生きる巡りはない。マ族だけではない。ミズ族も、ワモン族も、タラバ族も。イワツノ族も、ケンサキ族も、水を泳ぐ魚どもも。この地に生きる種族すべてが、そうだ。我らがただ守り勝ったとて、この地の獲物は、すべて喰い尽される。そしてこの大地は、ただひとつの種族すらも生きていけぬ大地になる」
そうだ。あの軍勢を目にしたときから、わかっていたことだ。タコワサも、ウスヅクリも、わかっているだろう。
アカシは目を見開き、決断を下した。
「北の岩壁を、放棄する」




