第四十九話 緒戦
チャワンムシの叫びと同時に、アカシは跳んだ。
思いもかけぬ攻撃に、チャワンムシの動きは止まっている。その銛がどこから飛んできたか、アカシはすぐに気付いた。
驚くほど遠く離れた距離から、動き回り、しかも味方と格闘している敵の、急所だけを狙い過たず貫く。そんな業前を見せられる戦士を、アカシは一頭しか知らなかった。
岩壁を見上げたならば。そこにはおそらく、白っぽい体表を持つ副官の姿が見えただろう。
アカシは見ない。真っ直ぐに敵を目指した。
長き殻どもよ。その殻によく刻み込んでおけ。これがマ族だ。お前たちが、矮小な獲物と思っている者どもだ。
泡を吐く開いた口腔に槍を突き込んだ。
顎に阻まれることなく、研ぎ澄まされた刃が通る。
柔らかな臓腑を貫き、押し通す感触が、握る四本の触手に伝わってくる。穂先を回し、素早く引き抜いた。
這うように後退し、盾の列、その裏側へと逃れた。
隙間なく閉じられ、立てられた盾の壁に、素早くクロトラ族が襲い掛かる。だが体勢を整え直した隊列は、その攻撃をものともしない。
盾に脚が、頭が、胴が、激しく叩きつけられる。それらを戦士たちは、必死に耐え凌いだ。
どれほどが経ったか。大きな波と共に、敵陣が、退いてゆくのを感じた。
槍を支えに立ち上がり、戦場を眺める。クロトラ族と大クロトラ、いやクルマ族が、こちらを向いたまま、岩場を跳ねるように退却していくのが見えた。その後退もまた、驚嘆すべき速度だった。
戦士たちは、未だ槍と盾を構えている。誰もが油断することなく、その光景を見ていた。
すべての長き殻どもが視界から消え去るまで、アカシは前方を睨みつけていた。そうして、岩場にマ族以外の何もがいなくなって。
アカシは、槍を大きく掲げた。
勝ち鬨が、上がった。
勝ったのだ。その思いが、ようやくアカシの臓腑にも込み上げてきた。
二度、三度と槍を突き上げる。戦士たちが、それに応えた。
槍が打ち鳴らされる。盾が打ち鳴らされる。誰もが雄たけびを上げている。
岩壁を見上げた。そこでもやはり、銛が掲げられている。三本の墨が、上水に上がっている。集落のものたちは、報せを受け取っただろうか。
アカシはもう一度だけ、噛み締めた。
俺たちは、勝ったのだ。




