第四十八話 朱槍
今、クロトラどもに前線をかき回されれば、盾の壁に穴が開けられてしまう。アカシはそう、判じた。
石突を、地面に突き立てる。
槍の反動を使い、触手で水を叩いて、仲間たちの胴上を泳ぎ越えた。
水上で槍を一回転させる。高所からの眺めで、すぐに目当ての敵を見つけた。大クロトラたちの中でも身体が大きく、甲殻に傷の多い者。あれが敵の大頭だ、と墨をつけた。
槍を突き出しながら滑水する。敵はすぐに反応した。
二本の前脚が持ち上がり、頭部を守る。アカシは構わず突っ込んだ。勢いを持った槍が脚の一本を斬り飛ばす。だがもう一本で、軌道を逸らされた。
敵の横腹に降り立つ。すぐに体を捻り、尾で叩きつけようとした。だがアカシは肉体をしなやかに動かし、地と尾の隙間に滑り込ませる。
穂先が戻ってきた。そのまま、横腹を切り裂くように薙ぎ払う。
堅い。
五本持ちの大槍をもってして、その甲殻には僅かな傷をつけただけだ。なにより、最小限の動きによる、見事な回避。その大クロトラは、憶測どおりの大した戦士だった。
「クルマ族の、チャワンムシ」
相手が名乗った。アカシも槍を構え、名乗りを上げる。
「マ族の、アカシ」
クルマ族というのか、とアカシは心のうちに刻み付けた。だがこれを持ち帰るには、ここを生きて押し通らねばならない。
赤珊瑚の槍を突き出す。この槍こそが、マ族一番の戦士の証である。陣を立て直すまでの間、敵の頭を抑え込む。それがアカシの目論見だった。
チャワンムシは甲殻の厚い背中でそれを受ける。アカシの膂力でもそれを突き通すことは難しい。槍を引き、体勢を低くして腹へ潜り込もうとした。
チャワンムシはそれを許さない。腹を地に擦り、アカシを押し潰そうとする。アカシは後方に飛び退いた。
遠巻きにしていたクルマ族の戦士たちが、大頭を守るように殺到してくる。それに合わせるように、ウスヅクリが号令をかける。
マ族の戦士たちの方が、ひと波早かった。
幾十の槍が、チャワンムシの巨体に突き込まれる。クルマ族の大頭は低い唸り声を上げ、口から泡を吐いた。
だがそれでも身体を震わせ、刺さった槍を弾き返す。甲殻はあちこち破れ、体液が噴き出している。だが、戦意は落ちていなかった。
脚を振り上げ、長槍に目もくれずアカシへ迫る。
その右の眼に突如、銛が突き立った。




