第四十六話 戦端
戦士たちが並び槍を構える後方に、アカシは立った。前線はアマズガケ他、数頭の小頭たちが指揮し、隊列を組ませている。老練なウスヅクリには特に、大きな裁量を任せていた。
死ぬつもりはない。だが、生きて終れるかどうかはまったくわからない、そういう戦だった。
マリネには集落の防備を任せた。今度は何一つ文句を言わず、雌の戦士たちを束ねて防衛の指揮を執っている。
マリネを小頭に、という意見はいくつもあった。それらすべてをアカシは封殺した。小頭になれば、否応なく前線に出ねばならない。マリネの役割はそれではない、というのがアカシの判断だった。
私情が入っていない、とは言えない。臓腑の奥に、彼女を危険な戦いに出したくない、という思いが確かにあった。
だが、いいではないか。マリネはこれまでに、多くのものを守り戦ってきたのだ。そのことをアカシは、身を持って知っている。
言葉ではとても、伝えられない。だからアカシは、その槍と背中でもって語るつもりであった。
水煙が近づいてきた。
墨を真上に吐き出した。腹腔にはあらかじめ小さな石を呑んである。墨は同時に吐き出された小石にまとわりつき、まっすぐに上がった。
細く長い一本墨が、上水を彩る。それが、開戦の合図だった。
第一射が、岩壁の上より放たれた。
練達の戦士たちの触手からなる大銛の投射が、迫りくる軍勢へと吸い込まれてゆく。視認できるほどになった長き殻どもの姿は、やはり浜でアカシが戦ったものとは違う。あれより一回り大きく、身体を走っている縞は黒よりもう少し岩肌に近い色をしている。
それは、最初に海藻の森で見たものと同じ種族であるように思えた。
敵の群れの中に、新たな水煙が上がる。ひとつ。ふたつ。それは間隙なく、いくつも続いた。
タラバの脚を削ってつくられた銛は、重く太い。長さも、普段戦士たちが使っているものの倍はある。その銛を、修練を積んだ投げ銛の名手たちは、肉体を酷使して投げていた。
その銛が、過たず長き殻どもの群れに突き刺さってゆく。もちろん、急所を狙って投げることなどできない。だが、それでよかった。
クロトラどもの肉体を貫かずとも、ただ甲殻にぶち当たるだけでも、彼らを怯ませるには十分であるようだった。そして、外れたものでもそれは岩に突き立ち、小石を大量に撒き散らす。遠目にも、敵軍勢の動揺が見て取れた。
マ族の利点は二つ。それは集団で戦うことと、道具を用いることだ。
集団で戦うことの利は失われた。だが、道具を。槍を、盾を、甲を。そして飛び道具を使うことの利は、まだアカシたちに残されていたのだった。




