第四十四話 開戦
北の岩壁から墨が上がった。
アカシは訓練場にいた。西側の砂浜寄りに開かれていた訓練場は現在、いくつかの壺を移動させて、北側に近い場所に移設されている。戦がはじまれば、戦士たちを駐屯させる場としても機能するようになっている。
ここ数うねりで、マ族集落の北側は大きく変貌している。広大な岩場に幾つもあったなだらかな道は、大きな二つのものを除いてすべて運び込まれた岩で埋められ、段差のある険峻な岩場と化している。
さらに集落の外側にも岩を積み上げ、高い岩壁を築いていた。岩壁の上には三頭の戦士が見張りに立ち、北側からの襲撃を監視している。
ミズ族の集落も改修された。壺地を砂丘にまで広げ、さらにその周囲にやはり岩を積み上げた。マ族の幼子や老頭の一部も、そちらに移されている。今マ族の集落に残っているのは、ほとんどが戦士だった。
全部で百二十頭の戦士たちが、アカシとタコワサの命に従い、細かく編成されていた。そのうちの一部隊が、交代で北壁の見張りについていたのだ。
その北の岩壁から、異変を知らせる合図の墨が上がったのだ。同盟のための使者が旅立った二うねり後だった。
その細長い墨のしるしに、アカシはすぐに気付いた。
近くにいたタコワサと戦士たちに短く指示を出し、すぐに北へ向かった。合図が上がったときにどう動くかは、すでに叩き込ませている。部下の小頭たちを、アカシは信頼していた。
集落を抜け、北の岩壁へと走る。後ろにはタコワサと、彼が率いる戦士たちが続いていた。
岩壁につくと、各々が触手を使い、素早く壁を登る。その速度は、他の種族の追随を許さない。
壁の上にたどりついたアカシは、目の上に触手で庇をつくり、遠くを望んだ。
水煙が立っている。その中に予想された細長い姿が、群れをなして向かってきていた。
来たか。そう呟いた。
「大頭」
墨を上げた見張りの戦士が寄って来た。貝を被り、触手に銛を握っている。
「訓練の通りに、隊をつくれ。タコワサ。ここは任せる」
「了解しました。皆のもの、脚を手に取れ」
壁の上に積み上げられたそれを一瞥する。それは、集落に長らく蓄えられていたタラバ族の脚だった。太く長く、そして堅いタラバ族の脚の先端を削り、銛の代わりとしたものが、そこに大量に、積み上げられていた。
それらを一本ずつ、五本や六本の触手を用いて、タコワサ配下の戦士たちが取り上げていく。どれもが投げ銛の名手ばかりだった。




