第四十二話 長き殻ども
「強欲の」
緋色の巨大な甲殻が、寄って来た。
「じいさんか。どうした」
食事を続けながら横目で見る。このイセ族は相当に巡りを経た老頭だった。その甲殻は、全身が棘のようになっている。フナモリ、と呼ばれていた。
「この辺りのは、そろそろ食べ尽くしたようじゃの」
フナモリが脚を一本持ち上げる。その先では、フナモリの配下であるボタン族とクルマ族が、タラバを食い漁っていた。
はじめは抵抗を続けていたタラバ族だったが、今や血気盛んなものたちはほとんど討たれ、残っているのは立ち向かうことよりも逃げることを優先するものどもばかりだった。自然、パエリアたちが容易く捕えられる数も減ってきている。
タラバたちは逃げ回ることは得手ではないが、それでもパエリアたちより地形をよく知っている。不意をつかれて逆に狩られるクロトラやクルマも出ていた。
「これ以上待てば、共食いがはじまるぞ」
「はじめればいいじゃねえか。増えすぎなんだよ、てめえの配下どもは」
パエリアたち長き殻のものどもは、共食いを厭わない。必要以上に増えれば、互いに食い合い、数を保つ。そういうものが、生まれたときから刷り込まれている。
渓谷を這いあがって来る際に、多くの同朋が死んだ。それでも、フナモリの配下はパエリアの倍はいる。この大地では、その数はまだまだ多すぎるのだった。
「だが、脚下の族民を守ってやるのが、わしの役目でな」
「だったら、やることはひとつしかねえな」
奪い、喰らう。やることは、それだけだ。
「南には、別の集落があるらしいな。逃げたタラバどもも、その辺りにいるだろうさ」
パエリアの生は、闘争の歴史だ。パエリアが生まれたとき、渓谷はクロトラとボタン、クルマといった小さきものどもで溢れていた。
長じれば彼らなどものともしない巨体に成長するオマール族だが、幼生の間は危険だ。そして、彼らの間で共食いは悪ではない。
多くの仲間たちが、己より脆弱なものどもに食われていくのを、パエリアは見た。そして己が生き残るには、逃げつつ巡りを経て、力を手に入れるしかないと知ったのだ。
パエリアは生き残った。そして、目につくものどもすべてを、蹴散らし、引きちぎり、食い破り、咀嚼する。そんな雌になった。
彼女が視界に入るのを許してやるのは、己のはさみの下に頭を伏せたもの。それだけだ。それ以外のものすべては、パエリアにとっては食い散らかすべき獲物でしかない。
だがそれは、己一頭が生き残り、周囲に何も残さない生き方になる。
ならばすべてを手に入れ、脚下に入れる。それが彼女の、己の生きる環をつくる方策だった。




