第四十一話 パエリア
マ族の集落とは違う場所。
マ・リネリスと呼ばれる深い渓谷の南岸、開けた砂地に、それらはいた。
上水から見下ろしたならば、砂の中を幾つもの塊が這い回っているのが見えただろう。それらは様々な大きさをしているが、どれもが堅い殻を持ち、細長い形をして、複数の脚を動かして砂地を動き回っていた。
這いずるものどもの中に、特に大きな姿が二つある。
ひとつは、緋色の、厚く重みを感じさせる甲殻を全身に纏っている。甲殻は足の先から、頭部より飛び出した二本の触角にまで至り、その物々しさは他のものどもと趣を異にしている。
もうひとつは、全体がやや黒っぽい。棘や角の多い緋色とは違い、なだらかな曲面を描く甲殻を持っている。そして何より目立つのが、タラバ族以上に肥大した艶やかな一対のはさみだった。
緋色のものの種族を、イセ族。赤黒いものの種族をオマール族といった。
オマール族のパエリアは、はさみにしたタラバを乱暴に解体していた。怒り、苛ついている。その姿は、そのように見えた。
ペペロンチーノが帰って来ない。パエリアの苛つきの元は、それだった。
ペペロンチーノは、南へ物見として派遣したクロトラ族だ。クロトラ族はオマール族と同族の殻持つものどもだが、小柄ですばしっこく、多く増えるのが特徴だ。オマール族であるパエリアは、渓谷奥深くに住んでいた頃より、クロトラ族を脚下に従えていた。
ペペロンチーノはパエリアの右脚ともいえる雌のクロトラ族で、こういった物見の技に長けている。今まで何度も斥候の任につき、傷つくことなく戻ってきた。だから今度も、南の様子を探りに行かせたのだ。
そのペペロンチーノが、帰って来ない。
やられたのか、とすぐに考えた。オマール族はもちろん、クロトラ族も様々な種族の中では身体が大きい方で、本来物見の役には向いていない。その中でペペロンチーノの隠技は抜きん出ていた。
だが、もとより探索を得手とする種族と遭遇すれば、容易く見破られるだろう。
いつかそのようなときが来るのは、パエリアはわかっていた。だからすぐに、やられたのだ、と考えたのだ。
悲しみはない。惜しいな、とは思う。そして、己が腹に入れたものを失うことに、大いに苛立つ。パエリアというのは、そういう雌だった。
強欲のパエリア。それが同朋たちの間での、彼女の二つ名だ。
タラバの脚を口に入れた。そのまま甲殻ごと噛み砕く。最も巡りを経たタラバであると名乗っていた。だがその甲殻も、パエリアの顎にかかってはどうということもない。




