第四十話 一歩
白珊瑚を削ってつくられた棒を操り、ウスヅクリが打ち掛かる。カニカマは、打たれるがままになっている。
時折反撃しようと脚を踏み出す。その脚を、払われる。棒を突き出せば、棒に絡まされ、引き倒される。
小さなウスヅクリが、大きなタラバ族を手玉に取っている。老傑ならではの妙技だった。
タラバ族を憎んでいる戦士は多い。多くの同朋がそのはさみにかかっているのだから当然だ。ウスヅクリの親と妻子も、すべてタラバ族との戦で命を落すか、捕らえられて餌にされていた。一壷で生き残っているのは、ウスヅクリ一頭だけだ。
そのウスヅクリが、タラバ族を鍛えている。だがその棒からは怒りも、恨みも感じ取れない。淡々と転がし、立たせる。傷は負わせない。そして、カニカマのまずいところだけを、的確に打っている。
しかるべきことをしている。そう、アカシには感じられた。
カニカマが何度も何度も砂浜を転がる。転がっては立ち上がり、ウスヅクリに向かっていく。
「あとの二頭はどうした」
タコワサに聞いた。
「同じように参加させましたが。使い物になりませんな、あれらは。そもそも、やる気がない。戦う気がない」
カニカマと同じくウスヅクリに打ち倒されたらしいが、それでもいじけて甲も棒も身につけようとすらしないという。そんなもの巡りを経れば必要なくなる。それが彼らの意見らしかった。
アカシは息を吐いた。
巡りを待てるのは、己たちがタラバだからだ。強いものたちに、守られていたからだ。そして、己たちより強いものが、周囲に何もいなかったからだ。
タラバ族の傲慢さが、悪い方に表れている。
現状すら理解できていない者に、生き残れる巡りはない。
「どうしますか」
「戦がはじまるまでの命だ。放っておけ」
ウスヅクリの稽古場を、離れた。
「我々も、我々のできることを、やるぞ。タコワサ」
「ご老に負けてはおられませんからな」
力強く脚を踏み出す。水が大きく揺れる。その後ろを、タコワサが同じ速度で続いた。
触手には緋色の珊瑚槍。死闘を経験したそれは、ようやく手に馴染みつつある。
戦いのときは近い。アカシはそう、体表のすべてで感じていた。




