第三十二話 呪縛
「私は、どうすればいいと思う」
マリネが聞いてきた。思いを振り払い、向き直った。
「持てる力すべてで戦うことだ。俺たち戦士ができることは、それしかない」
凡庸な言葉だった。戦士たちを鼓舞する言葉なら、いくらでも費やせる。だが、目の前の雌一頭の心を安らげるための言葉を、アカシは持ち得ていなかった。
何とかしてやりたいとは思う。だが、マリネが自らで克服せねばならない課題であるとも、また思うのだ。
互いに吸盤を分かつ時期に来ているのだ。アカシも。マリネも。
「俺は行く」
アカシは槍を抱えなおした。マリネが小さく頷く。マリネはアカシの目の前で、己の触手の一本に、大魚の歯を結びつけた。
「届けてくれて感謝する。これで私は、スミソアエと共にあれる」
「お前が守ってきた者たちは、いつでもお前と共にある。いつでもだ」
マリネの瞳に輝くものは、見なかったことにした。背を向け、歩き出した。
これでよかったのだ、と言い聞かせる。今は、俺たちの問題に、こだわっているときではない。戦いは、目前に迫っている。すべての力を出し切れるように、しておくべきだった。
この戦いが終わったら。マリネと話をしよう。色々な、話をしよう。俺がどんな思いでマリネの背を追いかけてきたのか。すべて、話してしまおう。
それで解ける呪縛というものが、きっとあるはずだ。
そんなことを考えつつ、訓練場への道を戻る。
岩場の角を曲がると、小頭たちが集まっていた。体を寄せ合うように、一塊になっている。よく見ると、その中にタコワサまでいる。
アカシの姿を見ると、墨を散らすように全員逃げ去っていった。それはいつの訓練のときよりも素晴らしい逃げっぷりで、その瞬発力があればタラバの脚などものともしないであろう逃げ脚の冴えだった。
あやつら、盗み聞きしていたのか。
アカシは体表を赤らめつつ、槍を構えた。そうしてわざと大股で、何事もなかったかのように訓練を再開している小頭たちのところへ向かっていった。
今うねりの調練は、いつも以上に厳しくしてやらねばなるまい。そう心に決めると、アカシは大声を張り上げた。




