第三十一話 守り
アカシの触手には、大魚の歯に穴を開けて、海藻を通したものが乗せられている。大魚の歯は、豊漁の験として、幸運のお守りによく用いられている。スミソアエがそれらをじゃらじゃらと触手に括りつけていたのを、アカシは覚えていた。
「これは」
「俺が討ち取ったクロトラ族の脚に引っかかっていたものだ。このようなものを身につけるのは、マ族かミズ族だけだろう」
もしかしたらどこかで生き延びているかもしれない。そんな最後の希望は、これで失われた。スミソアエは、食われたのだ。
震える触手で、マリネはそれを受け取り、握り締めた。
「どうしてだろうな」
マリネが呟いた。
「幼い頃は、大きくなれば、私が守れるものはもっとたくさん増えると思っていた。だが、大きくなるにつれてどうにも、私が守れるものは、どんどん減ってしまうような気がする」
お守りを見つめながら、マリネが独白する。
それは違う、とアカシは思った。マリネが守れるものは、確かに増えている。だがそれ以上に、遠くまで視線が届くようになったのだ。守りたい、守らねばならないと思うものが増えたのだ。
マリネの気持ちが、わからないでもない。アカシにとっても、マリネは越えるべき岩壁であった。
幼い頃、アカシはいつ死に見舞われてもおかしくない脆弱な個体であった。壺兄弟の中でも、真っ先に死ぬだろう。そう思われていた。
そんなアカシを常に守っていたのが、マリネだ。マリネは生まれ出でたときより強い個体で、房の誰よりも多く小魚を狩った。そうしてそれをアカシや、アカシ以外の狩りの下手な者どもに分けて与えたのだ。
それでも同じ房の兄弟たちは、うねりを経るにつれ数を減らしていった。その中で、アカシは幸運にも生き残ったのだった。
だがその成長に、マリネの助けがあったことは、疑いのない事実だ。そしてその事実を、アカシはありがたく思うと同時に、悔しくも思うようになっていた。
マリネの横に並び立ちたい。そんな想いが、アカシの中に生まれていた。
長じるにつれ、アカシの肉体は、幼い頃の貧弱さが嘘であったかのように逞しくなった。狩りの技前を上げ、戦士となるための修練を積んだ。そして、先に戦士を志願していたマリネの後を追って、己もマ族の戦士となったのだった。
そして今、アカシは大頭まで上り詰めている。
もう守らなくていいのだ。そう言ってやりたかった。だが。それを言ったところで、マリネは喜ばないだろう。アカシはそう感じ取っていた。




