第三十話 アカシとマリネ
アカシは広場を離れると、その触脚を訓練場に運んだ。
幾頭かの戦士たちと挨拶を交わしながら巡視し、目当ての一頭を見つけた。
「マリネ」
別の戦士と槍を合わせていたマリネを呼ぶ。いつもどおりのきびきびした動きで、すぐにやって来た。
「私に何か用か」
どうやら機嫌はあまりよろしくないようだ。
「何を怒っている」
「聞いた。またあのメン族の雌と、東の浜へ行ったそうだな。しかも一頭で、あの化け物と戦ったとか」
「そうだ」
「前から言ってるだろう。あのメン族とは関わるな。あれの言葉は、私たちを惑わす」
「俺たちとは、違う生を送って来たのだ。ものの見え方、考え方も、俺たちとは違うだろう」
「あれが自分で持っているだけなら、それはいい。だがアカシ、お前に色々吹き込もうとするのは、許せない」
「俺は迷惑していない」
「お前は気付いていないのだ! だから、あれに毒されていることもわかっていない!」
マリネが槍を突き出し、激昂する。
「だから! あれを守って、そういう危ういことを、してしまうのだ!」
カルパッチョがいたからこそ、アカシが逃げずにクロトラ族と戦ったことに、マリネは気付いているらしい。すさまじい勘働きだった。
「だが、討ち取ることができた」
「運がよかっただけだ! 無理をせず、仕留められる状況をつくってから獲物を仕留める! お前がいつも、私たちに言っていることだろう!」
マリネの言葉は正しい。己の行いが無謀であったことは、アカシ自身が一番よくわかっていた。
「すまない」
素直に胴を下げた。マリネの怒りがどこから出ているか、わかっていたからだ。
マリネにとってアカシは、今でも守るべき弟分なのだ。
マリネが槍を下ろした。
「お前は、いつも私を、心配させる」
「俺は大頭だぞ、マリネ」
「それでもだ」
マリネの顔が憂いを帯びる。だが、これでおしまいではないのだ。
アカシは触手の一本を開き、彼女の方へ差し出した。




