第二十一話 天声
「なぜだ!」
泡を撒き散らして若者が喰ってかかる。その身体をアカシは容易く押し返した。
「お前では、戦う力にはならん。マ族であるこの俺に、簡単に押し返される。そんなものは、タラバ族の戦士ではない」
タラバ族の戦士の恐ろしさは、アカシたちマ族の戦士が何よりもよく知っている。それは、これほど小さく脆弱では有り得なかった。
タラバ族たち殻もつものどもは、年を経れば経るほど強く大きく、堅くなる。赤い甲羅は土色に近づき、角や尖りを持つようになる。はさみは肥大し、鋭く、強靭になる。それこそが、本来のタラバの姿だ。
この若者は、そのどれをも持ち得てはいない。
「今お前が戦場に出ても、何もできずに死ぬだけだ。タラバ族を見つけたら、交渉には駆り出してやる。それで我慢しろ」
若者は起き上がり、地面に這いつくばった。
「だったら。俺を訓練に、混ぜてくれ。俺を、戦えるようにしてくれ。俺は、戦いたい。ヤツらと、戦いたい」
高慢なタラバ族がマ族に這いつくばっている。それは、誰も見たことがない光景だった。訓練していた戦士たちが皆、手を止めてアカシを見ている。
「……仲間を、助けたいんだ」
アカシは天を見上げた。こんなことが、あるのか。俺の生の中で、こんなことがあると、思っていたか。
今、アカシと目の前のタラバ族は、同じ思いを抱いている。ただ仲間を救いたい。そう、思っている。
「ウスヅクリ」
小頭の一頭を呼ぶ。小さな、体表に無数の傷跡を持つマ族が進み出た。
ウスヅクリは、小頭たちの中で一番の老頭だ。今回の件がなければ戦士を引退することになっていた老傑だった。
「この若造を、鍛えてやってくれ」
ウスヅクリが笑みを浮かべる。
「わしらの流儀で、構いませんな」
「構わんだろう」
若者は、甲羅を下げ続けていた。話は終わりだとばかり、触手を返す。
「名を聞いておこう」
背中で問うた。
「タラバ族の、カニカマ」
力強い声音が、返ってきた。




