第十五話 環
「それで、どうなさるのですか」
別の族民が長老に問うた。
長老はすぐには答えない。しばらく黙っていたが、視線を上げ、答えた。
「逃げるか、戦うか。どちらかだ」
場が再びざわついた。戦う、勝てるのか、タラバを追いやった化け物だぞ、では逃げるのか、逃げるとすればいったいどこに、南しかない、だが南は獲物が少ない、交渉はできないのか。
様々な声が、アカシの耳に飛び込んでくる。戦うよりも逃げる方に意見は傾いている、とアカシは感じた。
己はどうだ、と振り返ってみる。戦って勝てるか。そう自問する。おそらく難しいだろう。だが、戦いが難しいのは、非力なマ族にとってはいつものことだ。
南に追いやられて生きていけるのか、という思いもある。そして、その逃げた南にまでやつらが追いかけてきたら、どうするのか。逃げ続ける生き方を、続けるのか。そうして、イワツノ族のように生きるのか。
かぶりを振る。あれは、イワツノ族だからできる生き方だ。マ族には、難しい。
今のマ族が、壺と道具抜きで生きていけるとは、思えない。
地と、水と、己を取り巻くそれらを含めて環と呼ぶ。環は、アカシが生まれたときからそこにあり、アカシの意志に関わらず決まっていた。地は岩と砂と珊瑚ででき、その上は水で満たされている。魚が泳ぎ、貝が這い、マ族や、ミズ族や、タラバ族がいる。北は豊かで、南は貧しく、タラバ族は強大で、マ族は非力だ。そしてアカシは生まれたときにはすでにマ族で、巡りを経た今もやはりマ族だった。
タラバ族であったなら、と思ったこともある。そうでなくとも、タラバ族と同じだけの力があれば、と幾度思ったかしれない。だが、どれほど願おうと、それが叶うことはない。マ族の戦士たちはタラバ族のはさみにかかり、その命を散らしてゆく。幼生たちは食物を得られず、飢えて死んでゆく。
環はマ族たちにとって、やさしい味方では、決してない。
この、与り知らぬ誰かがつくった環の中で、生きていける者たちはいい。適応できる者たちはいい。だが、そうでない者たちはどうすればいいのか。
抗うしか、ないではないか。戦うしか、ないではないか。
どれほど危うかろうとも。岩を這いずり、最期に体液をぶち撒け、無残な姿を晒すことになろうとも。
そうするしか、ないではないか。
戦うべきだ。己の存在を。我らの存在を、この環にしろしめすためにも。
そう声を上げようとして、止まった。集団の中から、一頭の族民が長老の前に進み出る。
マリネだった。




