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第百四十七話 骸歌

「いいさ。あれだけありゃあ、しばらくは食わせてやれる」

 集落の片隅に積み上げてある死骸を示す。集められたそれらは、明らかに二つか三つのうねりは満足に過ごせるくらいの量となっていた。

 渓谷からこの集落までの広い土地が、長き殻どもの狩り場だ。タラバ族などの小さな反抗は続いているが、それはどこの地にあっても起り得るものだ。

 互いに狩り、狩られる。それがこの環というものなのだから。

「しかし、手酷くやられたようじゃな」

 フナモリがようやく気付いたとばかりに言った。

「ああ、この身体じゃあ、もう長くはねえな」

 泡を吐くその姿を見て、内心喜んでいるだろう、と思った。長き旅と戦が終わった今、他と画するほどの強い個体はもはや必要ではない。

「そこで、だ、爺さん」

 フナモリの棘だらけの甲殻に右はさみを乗せる。さらに左はさみで首の付け根をしっかり押さえた。

「何を」

「こんないい雌がたった一頭で死んでゆくなんて、寂しすぎるだろう。そうは思わねえか」

 顎を開き、齧りついた。

 イセ族の甲殻は堅牢だ。長き殻ども、そしてこの地に棲んでいたものたちを含めた中でも、最も堅い殻を纏っているといってよい。並のものでは、傷をつけるのも難しいだろう。

 それを噛み砕けるものがいるとするなら、ただ一頭。パエリアだけだ。

 だからパエリアは、容赦することなく噛みしめる。

「やめろ、いったいなぜこのようなことを」

「わかっているはずだろ、爺さん。誤魔化すなよ」

 餌はある。だがパエリアとフナモリは喰い過ぎる。喰い過ぎるのだ。

 この二頭が生きているままでは、まだ長き殻どもがこの地で棲み営むには厳しい。

 だからこそこれは、パエリアが最後に成さねばならぬことだった。

 抵抗するフナモリがその脚をパエリアの甲殻に突き立てる。だがパエリアは怯むことなく、顎とはさみに力を入れた。

「それにな。ずっと前から、こうしてみたかったんだ。いつかあんたを食ってやりたい。そう思ってたのさ」

 ぎち、と肉の一部を咬み千切った。フナモリの肉体から、急激に力が失われてゆく。

「あんたが密かに守っていた卵。そいつはクロトラどもにも守らせてやるさ。先の巡りなら、生きていられるかもしれねえからな」

 その言葉が届いたかどうか。フナモリはすでに、動かぬ骸と化していた。

 パエリアの肉体からも力が抜け出てゆく。二頭の死骸は、多くの恵みを群れにもたらすだろう。

 なかなかに愉快な環だった。そんな感慨を腹腔に収め、オマール族の戦士パエリアはその巨体を砂地に横たえた。



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