第百四十六話 終戦
パエリアの叫びが集落内に轟く。
顎を閉じたパエリアは脚を折り、地に伏した。割られた顎の右側から、体液が噴き出している。命に関わる傷だ。
おのれ。おのれ。おのれ。やってくれたじゃないか。
アカシの一撃。それは恐ろしいものだった。まるで、環そのものが己に牙を剥き、襲いかかって来たかのような。そのような感覚を味わっていた。
あの槍を放ったアカシの動きは、それほどに常にはないものであったのだ。
しかも、狙われたのは顎だ。傷が癒えたとしても、これから先、長くは生きてゆけまい。
生きているなと。そういうことかい。
傷口を砂地に押し付け、砂をまぶす。体液の流出を、多少なりとも押し留められるはずだ。あとは、うねりが過ぎ、癒えるのを待つしかない。
マ族の戦士はどこだ、と目を動かす。あれだけの動きをしたのだ。無事ではあるまい。そもそも、満足に動けるのがおかしいほどの傷を負っていたはずだ。
見つけた。少し離れた場所。砂地の上に、倒れている。
脚をゆっくり動かし、にじり寄った。
すでに死んでいる。一目見て、すぐにわかった。先ほどの一撃で、力を使い果たしたのだ。
怒りが退いてゆく。替わりに浮き上がって来たのは、それを己の一部にしたい、という感情だった。
両のはさみで死骸を捧げ持つ。そして、胴の側から齧りついた。
顎が激しく痛む。だが、気にしなかった。
そうして咀嚼し、呑み込み終わると、もとからそうであったかのように落ち着いた。
逃げた群れを追おうという気持ちは、もはや失われていた。こころの奥底に秘めたのは、もっと別の行いだ。
重い身体を引き摺り、群れの方へと戻った。
フナモリが脚を尽くしたのだろう。群れは混乱から脱していた。
逃げる群れを追っていた一群も戻りつつある。追いつくことはできなかったようだ。単純な泳ぐ速さでは、長き殻どもでは柔らかきものどもには敵わない。もはや脚の届かぬところへ逃した、と考える方がよさそうであった。
フナモリも戻ってきた。後ろにボタン族とクルマ族の群れを引き連れている。パエリアは何とか身体を持ち上げ、辺りを睥睨する。
何だ。ちょうどいい数になったじゃねえか。
今ここに集っているのが、渓谷からの旅路と数々の戦いを生き延びた同胞たちのすべてだ。その数は、この新たなる地で生きてゆくのに相応しい数まで減じているとパエリアには思われた。
「どうやら、逃したようだ」
そんなことをぼやきつつ、フナモリが寄って来た。心底疲れたような体表をしている。




