第百四十五話 螺旋
退いていた光が力を増した。荒野が消えてゆく。荒野を行く長き群れもまた、光の中へ溶けてゆく。
替わって表れたのは幾本もの線だ。周囲の光を集めたようなそれが幾条も踊り、交差し、アカシの眼前を通り抜けてゆく。
そのうちに、それらの線が渦の形を取りはじめた。アカシの周囲が光の渦で埋め尽くされる。
渦が、縦に伸びはじめた。渦を形づくる線は、どれもが二重になっている。
二重螺旋。光がつくる紋様がそう呼ばれるものであることを、アカシは知らぬ。だがそれが、環というもの。そのものをつくり上げているものの大いなる一部であるということが、わかった。
螺旋は乱れていた。渦は均等さを持たず、それに翻弄されるように、アカシは光の波間を漂っている。
光に押し流される。そんな感覚がアカシを襲う。
触手を力いっぱいに動かし、掻き泳いだ。
渦が整ってゆく。そう感じた。光を掻き、肉体を前へ進めるたびに、その後方に押しやられた渦は、円周を、長さを整え、クルマ族の群勢の如くに列を成してゆく。
光を抜けた。
槍を握っている。二本。眼前にはパエリア。マ族の集落。長き殻ども。巨大なはさみ。脚。甲殻。開かれる顎。その端にある、大きな傷。
パエリアが吠える。アカシも吠える。
甲殻の割れたその場所へ、過たず槍が突き立つ。肉を裂く手応え。だが浅い。押し戻される。
先ほどの幻が、アカシの瞳に宿る。
螺旋。二重。渦を巻くが如くに。
二つの槍。穂先を合わせる。平行に。
肉体を極限まで捻じる。身体の内で、肉がいくつか切れる感触がある。だが構わない。
貫け。
すべてを開放した。
渦を、肉体のすべてで大きな渦をつくり出しながら、前進する。先頭には槍の穂先。それはパエリアの肉を巻き込み、裂き、穿ち、切断しながら回り続ける。
パエリアが吠える。それは怒りからではない、はじめて水を震わせた、悲鳴だった。
パエリアの右顎を貫き、抜ける。槍は割れ、穂先は失われている。アカシの全身から己のものとパエリアのもの、二つの体液が散る。
荒れ狂う水に流されるようにして、アカシは漂う。もはや、その身に力は何一つ残されていない。
環に、戻るのだ。そう思った。
勝ったぞ。
その呟きを最後に、アカシという存在は環へと溶けた。




