第百四十三話 二つ槍
高く跳ねる。パエリアの脚が届かぬ位置まで上がった。
戦場を見下ろす。群勢を押し留めていた戦士たちは囲まれ、討ち取られつつあった。
そこかしこに動かぬクルマ族の姿が見える。それらの一つ一つが戦士たちの執念だ。あの群れが列を整え直し、ミズ族の集落に到着する頃にはもう、族民のすべてが逃げ落ちていることだろう。
戦士たちは、役目を果たしたのだ。
先発した群れはタコワサが抑えている。そのことに、何の疑いも持ってはいなかった。
抑え、そして死んだだろう。タコワサは、そういう雄だ。
槍を構えた。
全身で水を叩き、降下する。己を一本の槍として突き進む。
それを叩き落とすべく、パエリアがはさみを振るう。
掻い潜り、突き抜けた。
波紋。震える水。パエリアの背、甲殻の隙間に、渾身の一撃が突き立つ。深くは貫けぬ。だが、この戦いの中ではじめて与えた痛手だ。
穂先を回す。パエリアが吠える。だが、抜けぬ。
はさみが振り回される。アカシは槍を放棄した。
パエリアの背に張り付くようにして尾に上り、逃れる。水を打ち、離れた。
身体を回したパエリアの脚が地をごっそりと穿つ。跳ぶ岩を避けつつ、アカシは周囲に目を配った。
もともとマ族の集落であったこの場は、群れを集わせるため地を均してある。だが、そこかしこに逃げ出したマ族の残していったものが散らばっている。
槍。それを見つけた。
三本の触手で、一本。もう三本の触手で、一本。
二本の槍を左右に構えて、アカシは地に降り立つ。
そのような扱い方をしたことはない。だがその二本槍の構えは、思い描いていたよりもずっと、アカシの身体に馴染んだ。
パエリアが距離を詰める。触脚を二本に減らした構えでは、素早くは動けぬ。ならばどうするのか。
左の槍でパエリアの前脚を受け止める。その勢いに逆らわず、右に動いた。
地を滑る。それはアカシの込めた力ではない。パエリアの力によるものだ。
右からも脚が突き出される。それをまた槍で受け、今度は左へと地を滑った。
一つ間違えば、潰される。その均衡の中、パエリアの力を逸らしながらアカシは戦う。
槍を突き出す。大槍よりも軽い槍は容易く弾かれる。構わずアカシは、甲殻を何度も打つ。
焦れたパエリアが、滑り寄るアカシに向けて顎を突き出した。




