第百四十二話 掴む
まったくもって隙がない、とアカシは感ずる。
これほどの力を持っているならば。他の種族を滅ぼすことなど、容易いことだろう。
なぜだ、とアカシは思う。なぜだ、とアカシは問う。
その力をなぜ、別のことへと向けられなかった。
パエリアの辿って来た生を、巡りをアカシは知らぬ。渓谷の底に光が落ち、今、この強きオマール族すらも滅びの道すじを歩んでいることも知らぬ。
聞けば答えるだろうか。答えぬだろう。だがそれでも、アカシはそう問いたくて仕方がなかった。
なぜだ。
叫びを上げ、吶喊する。
右のはさみが迫る。六の触脚。五の触手。撒き上がる砂の中を舞うようにして歩を進める。
左のはさみが振り抜かれる。槍の柄を倒し、滑らせるようにして受け流す。
前へ。
踏み出した先。パエリアの開かれた顎があった。
誘われた。だが。
アカシにとっても好機である。全身の力を乗せ、回すようにして槍を突き込む。
顎が閉じられる方が早かった。
震え。熱。身に着けていたクロトラ族の甲が破れ、水に舞っている。
「返してもらったぜ」
引き込んだ槍の石突きで地を叩き、跳ねる。再び噛みしめられた顎から逃れた。
胴の一部が痺れている。己が傷を負ったとわかる。だが、重くはないはずだ。
動ける。そう判じた。
ゴマミソアエのつくった甲が守ってくれたのであろう。応えねばならなかった。
どうにもならぬこと、というのはある。弱き種族にとっては、特にそうだ。アカシがパエリアに勝つ、というのもその一つだろう。
弱きものとして生まれたからには、それらのどうにもならぬことのすべてを諦めてゆくことなのか。アカシはそうは思わない。
弱ければ弱いなりに。それらの中から諦めるもの、諦められぬものを選び取り、諦めぬための先のうねりを探し求める。すべては得られずとも、その内より得られるものを見つけてゆく。生きるということはそういうことではないか。アカシは思う。
マ族も、ミズ族も。ワモン族も、ケンサキ族も。タラバ族、イワツノ族、そしておそらく棘持つものどもも。
生きていたのだ。何をかを掴みとるために、生きていたのだ。
それは決して、失われてよいものではない。
「パエリア」
だから叫ぶ。アカシは叫ぶ。
握るのは槍だ。だが、掴みたいものは違う。それを掴みとるがために、アカシは叫ぶ。




