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第百四十一話 一機討ち

 最も恐ろしいのは両のはさみである。だが、それだけではないのがパエリアだ。

 脚の一本一本。尾。堅い殻に覆われた巨体。それらによる打撃のどれもが、一振りでアカシを圧殺でき得るだけの力を持っている。

 それらを掻い潜り、突き出す槍は、その全身を覆う甲殻に弾き返される。被害を与えるには、殻の隙間や目、口腔を狙わねばならぬ。

 アカシは知っている。甲殻の下にあるみっしりと詰まった肉は、それすらも大きな傷とは成さしめない。

 小さな傷を数多く与え、動きを鈍らせ、少しずつ少しずつ削ってゆく。それしかない。

 槍を握る以外の四本の触手で水を叩き、泳ぐ。まっすぐとは向かわない。円の軌道を描き、回り込むように動く。

 巨体のパエリアも、己より小さき者との戦い方は弁えている。ひと声を上げ、波紋を乱すと、はさみではなく脚を用いてアカシを阻害しようと試みる。

 パエリアには巨大なはさみ以外に四対の脚がある。それらはやはり殻で覆われていて、脚の先には小さなはさみがついている。

 フナモリがしたようにそれらを持ち上げ、上方から落とす。地に突き立ち、水を震わせる脚を回避しながら、アカシはパエリアの横腹を走った。

 間隙を縫い、槍を繰り出す。突く。弾かれる。振り斬る。弾かれる。脚の一本が迫る。槍を回し、叩くようにして逃れた。

 縦に回りながらパエリアから距離を取る。体勢を立て直すと見せかけ、渦をかたちづくりながら半円を描き、接近した。

 接近しつつ墨を吐き出す。砂煙で視界は半ば潰れているが、それをすべて塞いでしまう狙いだ。

 アカシの姿を隠さんとする墨にパエリアが右はさみを突き込む。散らすようにそのまま振り抜いた。墨は薄く広がり水を染めるが、濃度がないぶんだけ、まったき闇をつくりえない。

 この応じる力の高さも、パエリアの恐ろしさであろう。

 全身に墨を引いてアカシが飛び出す。位置の下がった頭部。槍を繰る。

 左のはさみが防いだ。振り切られた右はさみが戻って来る。

 甲殻の隙間に穂先を入れる。引き切るようにはさみの上を回った。アカシのいた場所を右のはさみが通り過ぎる。触手に巻きつけていた海藻の一部が引きちぎられ、持ってゆかれた。

 気に留めることなく水中を落下する。パエリアの脚。そこに向けて槍を振るう。

 一度。二度。

 太い脚に傷を負わせながら、泳ぎ抜ける。背後。死角。

 唸りを上げて尾が振るわれた。身体を畳み、すれすれで回避する。勘か。経験か。すべてが見えているかのように、パエリアは己の肉体を用いる。

 オマール族であるということを抜きにしても、この雌は卓越した戦士であった。


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