第百三十二話 名乗り
四本目の銛を握ったとき、タコワサの中には、あるものが見えていた。
目標となった岩。その岩までの間を銛が飛ぶ道すじが、見えていたのだ。
三度、タコワサは己の触手から離れた銛がどのように水の中を進み、水の先へと飛ぶのかを見た。その像は鮮明に残り、合わさって、どのくらいの力で、どのように投げればどのように飛ぶのかを、タコワサの目と触手に示していた。
その意識に逆らわぬように、タコワサは投げた。
銛はずれることなく、岩の中心に当たった。次に見たのは、驚く老頭の体表だった。
動くものを狙うのは難しかった。だが、修練を積むうちに、それもまた、見えるようになり、触手が教えるようになった。
戦に出ると、ただ当てるだけでは、タラバ族には銛が通らぬこともわかった。
目と目の間を。甲殻と甲殻の隙間を狙えるように修練を積んだ。
そうしてタコワサは、マ族一の投げ銛の名手にしてマ族一の戦士となったのだ。
そう。アカシが戦士となって己の前に現れるまでは。
新たに銛を引き抜く。あれほどあった銛は、残り二本になっている。長き殻どもとの距離は詰まり、その群れの後ろには、銛が突き立った数頭の死骸が転がっている。それらの中にまだ脚を微かに蠢かせているものがいるのが、長き殻どもの恐ろしさだ。
銛を投げる。新たに一頭を貫き止めた。
最後の一本を引き抜く。シオカラのつくった長銛だ。
それを三本の触手で握った。
クルマ族の群れは、目前まで近づいている。
仲間が打ち倒されても崩れなかった群列が、不意に乱れた。戦士たちが紛れ込み、奇襲をかけたのだ。
だが最前列のクルマ族どもは、構わずタコワサに向けて突っ込んでくる。
長銛で一度、地を突いた。
「勇士タコヤキが末、タコワサ」
はじめてその名乗りをあげる。銛を掲げ、叫びを上げながら、水中を跳んだ。
はじまりの勇士、タコヤキ。その系譜といわれる卵は、少ないながらも残っている。タコワサはそれらの卵から孵った中の一頭であり、それゆえ戦士になる際にタコワサの名を与えられた。
そしてその名に恥じぬよう、研鑽を積んできたのだ。
舞に語られるタコヤキは、大きな身体の、剛力の持ち主だ。タコワサの肉体は、それにまったく似通ってはいない。
だがそれでも。タコワサは己のやりかたで、頂点まで上り詰めた。それは誇りであった。
だがそこに現れたのが、アカシだ。
成体になったばかりであるというのに、その肉体はどの戦士よりも大きかった。大きさだけではない。力も、俊敏さも他とは比べ物にならぬ、明らかな異種であった。
三本持ちの槍を、二本の触手で易々と操った。
勇士タコヤキの再来。誰もがそう思った。




