第百二十九話 ゾウスイ
もう一頭、強硬に随行を言い張ったカニカマを押し留めたのは、意外なことに、ケンサキ族のシオカラだった。
アカシとカニカマが言い争い、押し合いをしているところに、荷をまとめたシオカラがやってきた。そうして、カニカマに声をかけたのだ。
シメノ=ゾウスイに憧れを抱いていたカニカマは、その友であるシオカラにも敬意を抱いている。カニカマが戦で用いた棒も、シオカラが削り出したものだ。それは、先にマ族が与えたものとは違い、はさみに馴染み、その重みを八全に敵へと叩きつけ得るものであった。まだ多くのうねりを共にしたわけではないが、誰もがすでにシオカラの技は認めていた。
カニカマの前に立ちはだかる。シオカラがすべての触手を伸ばし、まっすぐに立っても、カニカマの両目はまだはるか高い場所にある。それを見上げつつ、細長い触腕でカニカマの脚を示した。
「あなたはそれを拾った」
カニカマの脚には、ゾウスイが用いていた刀が海藻で括りつけてある。ゾウスイがしていたのを真似たものだ。
「戦場で何があったのか。私は知りません。わかりません。だが、あなたはそれを拾った。己の意志で拾ったのだ」
ならば、と語調強くシオカラが告げる。
「あなたはそれを、継ぐ必要がある。刀だけではない。その刀を用いること。技前を研ぎあげること。そのすべてをだ」
触手をさばき、シオカラは胴を落とした。それはマ族やミズ族が舞をはじめる前の動作に似ている。
「あなたはその刀と技を継ぎ、残す必要がある。これから先のうねりと巡りに、だ」
す、と二本の触腕が持ち上げられた。
「タラバ族のカニカマ。友に代わり、今よりそなたに、ゾウスイの名を授ける。そして、そなたが刀を己のものとし、奥技を身につけしとき。さらにシメノの名を、我はそなたに与えるだろう」
カニカマが脚を折った。ケンサキ族の儀式に通じていたわけではあるまい。だが何も教えられずとも、カニカマは己の意志でそうしたように、アカシには見えた。
脚より珊瑚より削り出された刀を抜きだす。それを両のはさみで、捧げ渡した。
シオカラもまた、二本の触腕で刀を受け取り、一言二言何をかを呟いた。それから一度刃を返すと、差し出されたままのはさみに受け渡した。
受け取ったカニカマが、脚に差し戻す。
水が変わった、とアカシは感じた。
カニカマの周囲をたゆたう水。その流れが、変わったと感じたのだ。
カニカマの中から何かが抜け落ち、その空いた部分に新たな何かが入り込んだような。そのような気がした。
こうしてカニカマは、ゾウスイとなったのだった。




