第百二十八話 タツタアゲ
旅立ちの準備が、慌ただしく進められている。
そんなミズ族集落の中央を、アカシは泳いでいた。
触手には五本持ちの赤珊瑚の大槍を握り、ゴマミソアエがつくり上げたクロトラ族の殻でできた黒縞の甲を身に着けている。戦装束だった。
そのアカシの後ろを、十頭の、やはり戦装束に身を包んだ戦士たちがついて泳ぐ。アカシが選んだ、生き残った者たちの中でも身体が大きく、力の強い戦士たちだ。
それは、アカシが選んだ、集落に残り、敵を引きとめるための戦士たちの一団だった。
戦士たちにこの務めを告げたとき、ほとんどのものがその列に加わることを希望した。だがそれらの多くを退け、残るべき戦士をアカシ自身で選別したのだ。
身体の大きな戦士は、通常の個体よりも多量の食糧を必要とする。この旅路において、それは大きな重しとなるだろう。だから率先して、居残る戦士の列に加えた。
三頭、強硬に戦列に加わることを主張した個体がいる。
副官のタコワサと、小頭のタツタアゲ。そして、タラバ族のカニカマだ。
タコワサに関しては、アカシは強く反対はしなかった。先の戦で、タコワサは二本、触手を失っている。根が残っているので戻る可能性はあるが、どちらにせよ、この旅路の間には、元に戻ることはない。
死に場所を与えてやった方がよい。そう思った。
アカシの戦は、どれもこれもタコワサと共にあった、といってよい。これも縁というものであろう。
タツタアゲについては、即座に押しのけた。
タツタアゲは旅立ち、群れをまとめる頭になるべきだ。そう考えていた。
もの静かなタツタアゲではあるが、この件に関してはしつこく食い下がった。そんなタツタアゲを納得させるために、アカシは言葉を費やさねばならなかった。
「お前は残れ、タツタアゲ。戦士たちを率いるものが、必要だ」
タツタアゲは個体での戦いよりも、群れを率いての戦いの方が優れている。その素養は、この旅路でこそ発揮されるだろう。
「そしてこれは戦士であることよりも重要なことだが。お前はマ族でもあり、ミズ族でもある。二つの種族が分かたれず、乾いた土地にたどり着くためには、お前の存在が、必要なのだ」
マ族とワモン族におけるマリネとツクダニ。それと同じ繋がりを持ち、かつ発言力を有するものは、タツタアゲのほかにはいなかったのだ。
「この旅路。最終的に群れを率いるのは、ツクダニになるだろう。そうなれば、すべてのことが、ワモン族を優先に考えられるようになるだろう。ツクダニは公平な雄だが、それでもそれは、おそらく避けられぬ。それに対抗できるのは、タツタアゲ。お主しかおらぬのだ」
己の成すべきことを成せ。その説得に、タツタアゲは応じた。アカシは群れのすべてを、タツタアゲに託したのだ。




