第百二十五話 詰問
マリネはゆっくりと近寄って来る。カルパッチョは既に去り、いない。たとえどこかに隠れていたとしても、その気配を見逃すようなアカシとマリネではない。
「あれでよかったのか」
マリネが問う。よかったのだ、とむしろ己に言い聞かせるようにして答えた。
「私が皆に伝えるとでも思ったか」
「いや」
マリネはそのようなことをする雌ではない。アカシを厳しく怒鳴りつけはするだろう。だが、それだけだったはずだ。
「アカシが死ぬ必要はない、とは私も思う。一緒についてきて欲しい、とも思う。だがお前はもう、決めたのだな」
「決めた」
パエリアの叫びを、マリネは聞いていない。だがそれでも、アカシが残ると決めたわけを、マリネなりに推しはかっているようであった。
波の流れが不意に強くなり、水を泡立たせる。周囲から切り離されたような感覚が、アカシを包む。
泡立つ水に囲まれて、アカシはマリネと、暫く無言で向かい合っていた。
「ここで別れか」
「そうだな」
「私に何か、言っておくことはないのか」
「……マリネには、これまで世話になった。俺がここまで生きて来られたのは、お前がいたからだ、と思う」
違う。言いたいことは、そのようなことではない。
だがそれは、今となっては決して口にしてはならぬ思いだ。
感謝の念があることは、疑いない。だがアカシのこころの奥底で蠢いているのは、もっともっと別の思いだ。それは長く寄り添い、言葉を交わし。共に狩りをし、ぶつかり合い。触手で殴り合い、槍を幾度も打ち合わせた末に育まれたものだ。
吐き出したかった。だがそれは、墨の如くに。容易く吐き出せるものでは、なかったのだ。
「……それだけか」
「それだけだ」
「他にはもう、ないのか」
「……ない」
マリネの槍が、地を叩いた。
「私には、ある」
マリネが怒っている、ように見える。そしてアカシのマリネの体表に対する見立ては、まず外れたことがない。つまりマリネは、疑いなく怒っているのだ。
アカシの前でマリネが怒りだすのは、いつものことだ。そしてマリネが怒りだすきっかけというのは、大抵アカシにはわからないのだった。




