第百二十話 巡り廻る
そうして長老が語り出したのは、ひとつの昔ばなしだ。
その昔。マ族やミズ族が、今のように知恵を持ち、壺や、様々なものを用いるようになるよりも以前の話。つまりは、今ある柔らかきものどもが、マ族、ミズ族と呼ばれる種族になるより前の話だ。
その頃、ミズ族の祖となる種族は、とても身体が大きかったのだという。それはマ族よりも、そしてワモン族よりも大きな体躯を持ち、そこにいたとされる柔らかきものどもすべての中でも、最も大きかったのだという。
大きいということは、多くの場合において強者であることも意味する。事実、その地において、ミズ族の祖に勝る強者は存在し得なかった。
そうしていつしか、ミズ族の祖は満足する。いつのどこかの時点で、これ以上胴と触手を大きく広げる必要はない、と考えたのだ。
膨張を続けていたミズ族の祖の生長は、停滞した。
停滞は長く続いた。そしてその間も、ミズ族の祖は、その地においてやはり強者であった。
だがあるとき、ミズ族の祖は気付く。
ミズ族の祖が水中を泳いでいると、そこへ並ぶように、マ族の祖が泳ぎかかった。
たがいに触手を軽く動かして挨拶を交わす。そうしてから、マ族の祖はミズ族の祖の前方へと泳ぎ出た。
そうして、目を見張った。前を行くその体躯が、己の肉体とほとんど同じほどまで大きくなっている。
いつだ。いったいいつの間に、追いつかれたのだ。
ミズ族の祖は気付いていなかった。己が満足し、停滞している間も、己より弱きものたちは皆、生き残るための力を得るために、生長を続けていたことに。
そうして、それほどの巡りが過ぎただろう。
ミズ族の祖とマ族の祖の大きさは、いつしか逆転していた。それだけではない。ミズ族の祖の獲物となっていた様々なものどもも、あるものはやはり体躯を大きく育て、そしてあるものはミズ族の祖の牙でも噛み砕けぬ強い甲殻や、鋭いはさみや棘を備えていたのだ。
そうしていつしかミズ族の祖は。その地における絶対的強者ではなくなっていたのだった。
そしてそれからまた巡りは廻り。
様々な種族としての変化を経て、今ここに今のかたちで、マ族とミズ族がある。
「そういうものはある、と私は思うのだ」
今はどうにもならぬやもしれぬ。だが生き残り続け。巡りを重ねているうちにはいつか。
「我々がそういう地でも生きてゆける。そういうことも、あるやもしれぬ。そう思うのだ」
そう言い切って、水を深く吐き出した。
誰もがやはり黙っている。暫くそれが続いた中、ようやく声を絞り出したのはゴマミソアエだ。




