第百十九話 乾いた土地
「戦の前に、シメノ=ゾウスイ殿と話をした」
長老が語りはじめた。
「ゾウスイ殿は、もともとこの地に住まうものではない。あの御仁は、遠き地より、ここまで旅をしてきたのだ。我々の知らぬ広き環を、あの御仁だけは、知っていた。私はそれを、聞かせてもらっていたのだ」
皆、黙って聞いている。ゾウスイと長老が長々と語り合っていたことは、ここにいるものすべてが知っている。だがその内容までは、アカシは知らなかった。
「ここより西。遥か遠い地に、『乾いた土地』と呼ばれる場所があるそうだ。そこは、地があるにもかかわらず、遠く水上に泳いだときと同じように、水が薄くなっている、何とも不思議な土地なのだそうだ」
何頭かが驚きの表情を見せている。そんな場所があるんだ、とアカシの背でもカルパッチョが呟きを漏らした。
「そこでは、多くの種族は生きてゆけぬ。それはそうだ。我らが、常に上水で生きてゆくようなものなのであるからな。何とか適応でき得る僅かな種族と、そして多くの魚たちだけが、その地にはいるそうだ」
つまりそこでは、今この地であるような、激しい食い合いはない。そういうことなのだろう。
「その、乾いた土地に向けて我々は旅立ちたい、と。私は考えている。」
場がざわついた。アカシも思わず伸び上がりそうになった。
「愚かな。そのような話を信じて、旅をはじめるというのか」
老頭の一頭が叫ぶ。それに対して、長老はそうだ、と頷いた。
「どこかへは逃げねばならぬ。逃げねばならぬのだ。だが、我々は逃げのびるべき先を知らぬ。この土地以外の環を知らぬ。ならば、何か絡みつく岩場が必要だ」
やや老頭やゴマミソアエの方を見据えつつ、長老は語る。
「ゾウスイ殿から聞くことができたこの話は、その岩場なのだ。正しいのかどうかはわからぬ。正しい道すじなのかもわからぬ。だが、それを言うならば。我々は、ここより外のことなど、なにもわからぬのだよ。ならばだ。先が荒地であるか、長き殻どもと同じような恐ろしきものどものいる地であるかもわからぬような土地へ赴くよりも。この話に、絡みついてみる方がよいのではないか。そう思うのだよ」
誰も何も言わない。今ある苦境が、老頭たちにもようやく腹腔に落ちて来たようだった。
「だが、その土地にたどり着けたとして。我らははたして生きてゆけるのか。水の薄い場所では我らは生きてゆけぬ。これは、自明であろう」
問うたのはツクダニだ。アカシも頷いて長老に問う。墨の中をただ進むよりは、澄んだ水の中を、見えている場所へ向かう方がいい。そのことには、アカシも賛同する。
だが、たどり着いたその先で生きてゆけぬのであれば、それは無意味なのだ。
「この巡りでは、もちろん無理であろう。だが、遠く巡りの先、そういうことはあるやもしれぬ、と私は考えている」




