第百十八話 ひとり
誰もが何も言えず、沈黙している。さしもののアカシも、この発言には驚いていた。
同時に湧き上がってきたのは、カルパッチョという雌に対する、ひとつの理解だった。
ああ、そうか。
カルパッチョ。お前はどこまでも、ひとりなのだな。
ただ一頭。この地で生きるメン族というものを小さな背に負って、カルパッチョは生きてきたのだ。最も弱きものであるという周囲の認識を受けながら。その中で様々なものを騙し、受け流し、すり抜けながら、このうねりまで、生きてきたのだ。
彼女にとっては周囲の誰もが、己より遥かに強い捕食者だ。
カルパッチョというメン族のことがわかるものなど、ただ一頭たりとも、いない。いなかったのだ。
そのような環を、カルパッチョ。お前は泳ぎ、生きてきたのだな。
アカシは、触手で地を叩いた。全員の視線がアカシの方に向く。それを認めてから、口を開いた。
「カルパッチョの言には、認めるべきものがある、と俺は思う。南へ逃げることはよい。だが、それだけでは、生きのびるうねりを少し伸ばすだけなのだろう。それからどうするのかも、考えておかねばならぬ、ということだろう」
「たこにも」
真っ先に応じたのは、ツクダニだった。受け入れるか否かを決める力を持つのはツクダニだ。彼に認めさせねば、争いなく波水を立てずに移住することは難しいだろう。
「ふむ」
それまで黙って皆の意見を聞いていた長老が、触手を上げて注目を集める。
「それらのことから、はっきりとしていることを、私から皆に述べておこう。すべてのことを考え、思案した上で判じたことだが。今や我ら柔らかきものどもがこの地で生きていくことは、難しいことだ」
何頭かの老頭が長老の言に応じて、伸び上がる。体表を赤く染めたそれらを、長老は触手で制した。
「これは疑いないことだ。お主らとてまったくわかっておらぬわけではなかろう。認めよ。でなければ、話が進まぬ」
長老が諭す。老頭たちは、とりあえずは、というかたちで席に戻った。
長老が話を継ぐ。
「もとより危うい状況の中で、何とか守ってこられたのだ。それが崩れれば、いられなくなるのは、道理よ」
そうして、ワモン族の若長の方を向く。
「これは、我らだけでなく、ワモン族とて同じこと。いや、この地に棲むほとんどすべての種族がそうであろう。はたして、あの長き殻どもの群勢に討ち勝てる種族が、この地にいるかな」
だれもが言葉を発しない。長き殻どもの恐ろしさを間近に見て知ったばかりだ。特にパエリアを見たならば、勝てるなどとは決して思わぬだろう。




