第百十七話 巡環
ツクダニとアカシの視線を受けたカルパッチョは小さく頷いた。
「う、うん。南の地ですべての族民が生きてゆくのは、難しいと思う。いや、違うな。おそらく、今ワモン族が生きていくだけでも、やっとのはずだ。そこにマ族とミズ族が棲みつくのは、同じことだよ」
老頭たちが体表をしかめる。
「同じこととはどういうことだ。短か手」
全員の視線が集まり、カルパッチョはまたアカシの背中に隠れようとした。アカシは己の陰からカルパッチョを無理やり追い出す。渋々といった感で小さなメン族は皆の前に出る。
「ええとね。渓谷の奥で異変があって、長き殻どもが谷から出てきた。谷から出てきた彼らは生きるため、谷の南北に棲みついた。彼らが棲みついたことで、タラバ族は追われた。長き殻どもはそれでも足りなくて、南の、この集落まで移動してきた。だから、あたしたちは今、この地を追い出されようとしている」
カルパッチョが大きく水を吐き出す。
「そんなあたしたちが、南に移動して、そこに棲みつくのは。南に棲んでいるものたちにとっては、あたしたちが長き殻どもに追い立てられるのと、同じだということです」
そして、きっぱりとそう、言い切った。
むう、むうという唸りがあちこちで上がる。
カルパッチョが言っていることは、皆が皆、わかっているはずのことだ。だが、それをほかに置き換えて考えてみる、ということを、多くの者ができない。集落から遠く離れたことがない族民たちは、他の地にもそれぞれそこに棲み、生きているものどもがいるということが、わからない。いや、体表ではわかっているし、知っている。だけれども、腹腔の奥底の部分では、わかっていないのだ。
だからこそ、言われねば、気付かない。
「だが、それが環のならいじゃないかい」
皆を代表して、ゴマミソアエが言う。このうねりにはじまったことではない。どのうねりでも。巡りでも。そうしてすべての種族と族民は、生き残りをかけて食い合って来たのだ。
「そうして、最も弱いものが、滅びて土地をあけ渡すんだね」
「そうだね」
長き殻どもにはかなわない。だから、マ族やミズ族より弱い種族を追い出し、そこで生き延びる。
ゴマミソアエたちの考えは正しい。まったく正しいのだ。
だが。
「それが正しい環のあり方だというのなら。皆、滅びてしまえばいい」
小さな身体を大きく伸ばして。カルパッチョは水を激しく震わせた。
場にいたすべての種族が、頭が、水を呑んだ。




