第百十五話 絶望
「タコワサ」
二頭の戦士と共に周囲を警戒していたタコワサに声をかけ、寄っていった。
「ご無事でしたか、大頭」
お主も無事か、と言いかけて、やめた。タコワサの触手が二本、欠けている。
「やられたのか」
「この程度ならまた、生えてくるでしょう」
タコワサの体表に悲壮感はない。確かに、触手の根は喰われずに残っているようだった。
だが、触手が戻るにはうねりがかかる。次のぶつかり合いには、間に合わぬだろう。
類いまれな戦士であるタコワサが満足に戦えぬというのは、大きな痛手だ。
「別群れは、仕留めたようだな」
「一頭も逃さず、討ち果たしました。やつらがここに押し寄せるまでは、しばらくかかるでしょう」
アカシは頷いた。今頃は、死骸を貪るので忙しいことだろう。笑えぬことだが、多くが死んだことが、敵の脚留めにもなっている。
「よくやってくれた」
「いえ。しかし、どうなりますか」
タコワサの問いに、アカシは胴を振る。
「わからぬ。だがもう、ここには留まれぬだろう。勝敗は、決したのだ」
それは戦士のだれもが、感じているはずだった。
「俺はこれから、長老のもとにゆく。戦士たちを頼む」
「わかりました」
それでタコワサとは別れた。
槍を握り直し、泳がずに集落を歩む。水は濁り、族民たちは皆沈鬱している。
滅びを受け入れる。そのような水が、波紋を形成して集落中に広がっているような。そんな気がした。
無理もないことだ、と思う。アカシをはじめとする戦士たちでさえ、すでに絶望にとらわれかけている。いや、むしろ敵の力を目の当たりにしたからこそ、勝てぬ、と判じていることだろう。
そしてそれは、何とも正しいのだ。
長き殻どもの群勢を思い出す。パエリアの恐ろしい巨体を思い出す。
これほどまでなのか。これが、環のならいというものなのか。
知らずのうちに、槍を握る触手に力がこもった。認めない。認めたくない。だが、どうしようもない。
力がないというのは、そういうものなのか。俺たちは永劫に、蹂躙されるのを待つだけの。それまで生かしておいてもらえるだけの存在なのか。
その怒りを、恨みを、悔しさを。いったいどこにぶつければよいのか。
アカシには、まったくもって、わからなかった。




