第百九話 名乗り
アカシの叫びとほぼ同時に、まだ命を保っている戦士たちが後退してゆく。多くのものが岩場に倒れ伏し、壊された殻盾や長槍が散らばっている。
勝てぬ。何をかを思案する間も置かず、アカシはそう判じた。今できることは、ただ一頭でも多く生かして逃すことである。
アカシはただ一頭、槍を構えて前方へ躍り出た。
左右に従うものがいる。ズワイ族のゾウスイと、タラバ族のカニカマだ。
この二頭の巨体であれば、いくらかは勝負になるやもしれぬ。だが。
「ゾウスイ殿、退いてくれ。真正面からでは勝てぬ」
返って来たのは、いつもの笑みだった。
「おいおい。わしの楽しみを奪ってくれるなよ、大頭殿」
「だがここでお主に倒れられては、我らに勝ち目はない」
「そいつは、そなたらの都合というものよ。わし抜きで、何とかなされよ」
そう言い放つと、刀を構えて、アカシの前へ出る。
「これだ。こういうものと、わしは戦ってみたかったのよ」
ゾウスイの前に、巨大な、あまりに巨大すぎる長き殻どもの姿がある。その長き殻どもも笑みを浮かべた、ように見えた。
「へえ。なかなか殻のあるものがいるじゃねえか」
こやつ、雌か。その声を聞いて、アカシは思った。そういえば、雌の方が大きく成長する種もあるのだ、と、何かの折に聞いたことがあるような気もする。言っていたのは長老だったか。カルパッチョだったか。
槍を構え、ゾウスイの隣に並ぶ。逆隣には、カニカマが追い付いている。その瞳はやはり、憎悪に曇っているように見えた。
「名を、聞いておこうかねぇ」
それはそれは楽しそうな声音で、雌の長き殻が問いかける。ゾウスイがやはり嬉しそうに名乗りを上げた。
「ズワイ族鋏客、シメノ=ソウスイ」
「タラバ族戦士、カニカマ」
「……マ族の戦士、アカシ」
殻持つ者たちに続けて、仕方なくアカシも名乗りを上げた。
ちらりと後方に視線をやる。この隙に、戦士たちは退却を続けている。長の命が下っているのか、クルマ族とクロトラ族は追撃をかけていない。それよりも死骸を回収するのに、意識が向いているように思えた。
「オマール族の、パエリアだ。まあ、覚えておきな」
だが、と言って、とてつもなくいやらしい笑みを浮かべる。アカシにもわかった、恐ろしい笑みだ。
「いつまで覚えてられるかは、てめえら次第だ」




