第百八話 蹂躙
タコワサたちがクロトラ族の一群と銛を交えていた頃。
北の戦場では状況が一変していた。
攻め寄せていたクルマ族どもが一斉に退き、道の中央を大きく空けている。
そこに、これまで見たこともないような巨体がゆっくり、ゆっくりと脚を進めてきた。
丸みを帯びたナダラカな甲殻。黒とも赤ともつかぬその色に全身は覆われている。遠目に見ても、その厚さ、堅牢さはクロトラ族やクルマ族とは比べ物にならない。
そして何より目を引くのは。前方に突き出された、とてつもなく大きな一対のはさみだ。その大きさもやはり、タラバ族とも、そしてズワイ族であるシメノ=ゾウスイのものとも比べ物にならぬほど大きく、太いのだ。
それが、クルマ族の群れを左右に傅かせて、迫って来る。
「何だ、あれは」
アカシの口から、思わず声が漏れた。何だあれは。何だ、あの巨大な種族は。
言われなくともわかる。あれこそが、長き殻どもの長なのだろう。
「盾を並べよ。長槍、一箇所に集え」
群れを密集させる。ただ突いただけでは、あれは止められぬ。そう感じたのだ。
「頭か脚を狙え。来るぞ」
巨大な長き殻の片側の脚が持ち上がる。降ろされる。
地の震えと同時に、砂煙が高く上がる。
それを切り裂いて。巨体が疾走をはじめた。
多数の脚が地面を叩き、地と水と戦士たちのこころを震わせながら、坂を登って来る。仕掛けは意味を成さない。巨体が通ったあとの道は、砂が深く抉れている。
「構えよ」
号令と共に、槍先が揃えられる。坂道の先から、巨大な二つのはさみが突き出された。
「突け」
アカシの命が発されるのと、はさみが振るわれるのと。どちらが先だったろう。
前列の盾を持つ戦士たちが、水中を舞っていた。一頭残らずすべて。ただ一振りで、薙ぎ払われた。
突き出された長槍は、ほとんどがはさみに衝突した。そのすべてが、ヘし折れた。
はさみがもう一度、薙ぎ払われた。残ったすべての戦士たちが、散り散りに飛んでいった。
何なのだ、これは。
「退却」
即座に、大声で言い放った。
これは、違うものだ。戦いとか、争いとか。互いに食い合うこととか。そういうものとは、まったく違うものだ。そんな思いに、捉われていた。
環が、マ族を滅ぼさんと形を成している。そうとしか、思えなかった。




